静岡鉄道の日吉町駅近くにあるコーヒー専門店「ETHICUS COFFEE ROASTERS(エートスコーヒーロースターズ)」。シンプルで洗練された、まるで実験室のような空間が特徴的なお店です。
地元静岡で根強いファンに愛されるのみならず、その焙煎技術は国内外でも高い評価を受け、海外のイベントにも数多く出店。2020年6月には2号店である「ETHICUS euphrainoo(エートスユーフライノー)」、12月1日には3号店となる「ETHICUS theleema」を伊豆高原にオープンされました。
今回は、オーナーの山崎嘉也(やまざき よしや)さんに、店舗オープンの経緯や、おいしいコーヒーづくりに込める想いを聞きました。



もともと自分のお店を開きたいという思いはお持ちだったのですか?
そうですね。親父が自営業だったんですよ。それをずっと見ていたので、逆に会社員っていう働き方を知らなくて。昔は、親父がやっていたクルマ関係の仕事を継ぐんだっていう思いもあったんですけど、中学生くらいのときに手伝ったら、自分には無理だと思って(笑)。でも、自分が会社員として働く姿はやっぱりイメージできなかったので、大学では経営の勉強をしました。大学卒業後はひとまず不動産会社に就職し、その後は無印良品に転職して、物流に携わりました。どういうふうにものが流れるのかとか、どうしてこんなに店舗展開できるのかとか、商品の企画力とか……本当に勉強になることばかりで、めちゃくちゃ面白かったですね。
その後、山崎さんの人生はどうやってコーヒーとつながったのでしょうか?
友達から、コーヒー屋を始めるから一緒にやろうよと言われたのがきっかけでした。それで、まずはコーヒーの勉強をしなきゃと思って、職場の近くにあったSegafredo ZANETTI Espresso(セガフレード・ザネッティ・エスプレッソ)で、アルバイトとして働くようになったんです。やっているうちに、どんどん面白くなっちゃって。結局、半年くらいは無印と掛け持ちしたんですけど、その後はセガフレードの社員として10年ほど働きながら、コーヒーの勉強をしました。知識的な勉強としてはそこまで長い期間は必要ないと今では思いますが、大変なのはマネジメントのスキルとリーダーシップ力を養うことですね。僕は、それを習得するために10年かかったと思っています。セガフレードではチーフバリスタも経験して、フランチャイズ店の店舗管理や経営を担当しましたが、僕は誰かの言う通りに動くことができないタイプで……(笑)。言うことを聞かずに自分のやり方で進めて、数字を持ってくるという、非常に扱いづらい人間だったと思います。それでも自由にやらせてくれた会社には、本当に感謝しています。

セガフレードを辞めて、ご自身のお店をオープンすることになった際、どんなきっかけや気持ちの変化があったのですか?
そこに至るまでの経緯をお話すると……まず、コーヒーを勉強するうちに、“おいしいコーヒー”とは一体なんなのか、わからなくなった時期があったんです。若いころは、みんながおいしいと言うものがおいしいんだろうと思って、教わったものをいろいろ飲んだりもしたのですが、飲めばのむほどわからなくなってきて。それで、一度海外に行ってみようと思い立って、イタリアへ行ったんです。ナポリのカフェで住み込みで働かせてもらいながら、180軒以上のイタリアのカフェをまわって、それぞれ使っている豆やエスプレッソマシンをぜんぶ聞いて、メモに残して……ひたすら、おいしいコーヒーを探しました。それで、そのときは自分なりに答えを見つけて日本に戻ってきたんですけど、帰ってきて改めてセガフレードのコーヒーを飲んだら、いちばんおいしく感じたんです(笑)。結局は、きれいにマシンを清掃することなんかが味に影響するので、当たり前のことをきちんと徹底できる日本のコーヒーが、いちばんクリーンでおいしいんだと僕は思ったんですよね。
さらに帰国してから、清澄白河のアライズコーヒーで「こんなにおいしいコーヒーがあるんだ」って心から思える、ドミニカの豆に出会ったんです。それをきっかけに、もし自分の好きな豆を使えれば、もっと自分の納得いく味を追求できるし、本当においしいコーヒーを提供できるんじゃないかという期待が生まれて、開業に踏み切ることにしました。

静岡を選んだ理由は?
やっぱり、地元だからですかね。正直いうと、どこでもよかったんです。「地元に恩返ししたい」とか、そんな大層なことを思ったわけでもなく……(笑)。静岡はコーヒーの消費量が日本でもかなり少ない県で、お茶の消費が圧倒的。カフェを経営する側にとってはすごく難しい土地なんですよ。でも、そんな難しい場所だからこそ、当たり前のことを着実にやっていけば、いくらでも可能性を広げることはできます。事実、うちも1年目は結構きつかったのですが、逆にそれ以上落ちることはないので、以降はじわじわと売上も上がってきていますね。

2020年は新型コロナウイルスが社会に大きな影響を与えましたが、コロナ禍を経てお店の経営に何か変化はありましたか?
それが、コロナの影響で変えたことは特にないんですよ。もともと衛生面などは徹底していましたし、静岡という場所柄もあって、幸いにも売上にそこまで大きな影響はありませんでした。
でも、意識は変わりましたね。「応援してくれる人を大切にしたい」という気持ちが、さらに強まりました。
応援してくれる人とは、つまりファンのことですか?
そうですね。さらにいえば、「僕らの成長も一緒に楽しんでくれてる人」です。僕たちは常においしいコーヒーを提供することを心がけていますが、今も“本当においしいコーヒー”の味は探求を続けている最中でもあります。「期待」を持ってお店に来てくださる方に満足してもらいたいという思いももちろんあるのですが、やっぱり味には好みもありますし、常にハードルを越えようとすると、疲弊してしまうんですよね。だから、僕らと一緒になって、変化も含めて楽しんでくれるような方に恩返しできるよう、頑張りたいと思っています。たとえば最近だと地元の若い子たちがよく来てくれるのですが、初めはコーヒーが飲めなかったみたいで、コーヒー以外のものを注文していたんです。でも、少しずつコーヒーを選んでくれるようになって、毎回飲むようになってくれたり。そうやって、お客さまの変化を間近で感じられるのも、すごく楽しいです。

今でも“おいしいコーヒー”を探求されている最中とのことですが、答えに近づいてきた感覚はありますか?
まだわからないんですよね。でも、少しずつ見えてきたような気はしています。
僕は「本物であること」が大切だと思っているんです。僕が思う本物っていうのは、「自分が心から良いと思う味」のこと。今は、いろいろな情報が手に入るからこそ、常に誰かが言ったことが基準になりがちなところがあります。なんとなく「どこかで見たことある」ような偽物にあふれているのも、そのせいだと思うんです。そんな世の中だからこそ、自分をいちばんに信じて、自信を持てる味をこれからも追求したいと思っています。もちろん味には好みもあるし、賛否両論が出るのはいいんです。おいしい、おいしくないを通り越したところにある「エートスの味」を突き詰めたいですね。


日常では、つい「お手本」や「正解」を求めたり、誰かの評価を気にしてしまいがち。ですが、それだけでは新しいオリジナルはなかなか生まれません。
「自分の感覚をいちばんに信じる」──言葉にすると簡単に聞こえるものの、現代では無意識に自分の気持ちに制限をかけてしまうことがあります。
山崎さんの、自分の感覚を信じ、主観を大切にしながら“本物”の味を追求するスタイルから、コーヒーという枠を超えて、生き方そのものでの大切なことを思い出させてもらえたような気がしました。
今後も、本物の味を探求し続ける山崎さん。「エートスの味」が、どのように形作られていくのか楽しみです。
ETHICUS COFFEE ROASTERS(エートスコーヒーロースターズ)
https://www.ethicus.jp/

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