ノルウェー・オスロの“当たり前”を日本に。コーヒーを介した空間がつくる、日常と安心

ノルウェー・オスロの“当たり前”を日本に。コーヒーを介した空間がつくる、日常と安心

FUGLEN TOKYO 小島賢治

2021.03.01

ノルウェー・オスロで1963年から長年にわたり愛され続け、北欧のコーヒーシーンを牽引してきた「FUGLEN」。コーヒー以外にもインテリアショップ・カクテルバーという側面を持ち、美しいノルウェーのヴィンテージインテリアが取り入れられた居心地の良い雰囲気も人々に愛される所以です。

FUGLENは2014年に海外進出第一号店として「FUGLEN TOKYO」をオープンし、2014年には「FUGLEN COFFEE ROASTERS」、そして2018年には「FUGLEN ASAKUSA」もオープン。オスロで確立されたノルディックロースト(浅煎りの焙煎)により引き出された、果実のような風味や花のような香り、透明感のある甘い後味など、豆が持つ本来の個性を味わえるコーヒーを提供しています。

今回は、日本でFUGLENの代表を務める小島賢治さんに、コーヒーづくりに込める想いや今後の店舗展開について聞きました。

──小島さんは、FUGLENの前は新宿のポール・バセット(バリスタ世界チャンピオンのポール・バセット氏によるエスプレッソカフェ)でバリスタをされていたそうですね。

昔からコーヒーは好きで、もともとは地元の埼玉で二十歳のときに深入りのフレンチローストをやっているところで働いたことがあるんです。一応それがコーヒーのキャリアのスタートなんですけど。でも、その後は居酒屋に勤務していた期間があって。2005年ごろに、バリスタ世界チャンピオンのポール・バセットを雑誌で見たのをきっかけに、バリスタってかっこいいなと改めて思ったんですよね。それでいつか自分で店を作りたいとは考えたけれど、飲食業をやっていたからこそ、やるからにはとことん極めなければ通用しないとも思いました。そこで、僕のなかで日本一だと感じていたポール・バセットの店で勉強させてもらうことにしたんです。

──その後、ノルウェーに渡られたのだとか。

コーヒーを極めようとすると、ほとんどの人はレベルアップのために一度は海外を目指すと思うんですよね。その先が、僕の場合はたまたまノルウェーのオスロだったんです。

コーヒーが根付いているノルウェーでは、普通に出すコーヒーが当たり前においしい。日本では「スペシャルティ」と冠をつけることがひとつのステータスになり得ますが、向こうでは特別である必要がないんですよね。たとえば、日本ではお米を毎日食べるじゃないですか。毎日食べるものだからこそ、多少のランク付けや好みはあっても、そこまで銘柄にこだわる人はいないし、こだわらなくとも常に一定以上のレベルの味のものが手に入ります。それと同じです。

──当たり前に、高いレベルのコーヒーが飲まれているのですね。

そうですね。でも、だからこそ大変そうな部分もありましたよ。毎日何杯も飲むものであるほど、特別なものにはなりづらいですからね。

だから僕は、日本で“ノルウェーの当たり前”を提供すればちょうどいい文化になるんじゃないかと思ったんです。スペシャルティコーヒーと銘打つことはせずに、ノルウェーで飲まれているコーヒーを、自分がいちばんおいしいと感じる形でそのまま提供する。あとは、空間づくりだったり、システムや接客を整えることで、日常をちょっと忘れてゆっくりできる場所にしていけたらと考えました。

──ノルウェー・オスロ発の老舗カフェとして愛され続けてきたFUGLENでバリスタとして活躍された小島さんは、その後FUGLENの日本代表として、海外進出第一号店でもある「FUGLEN TOKYO」、2014年には「FUGLEN COFFEE ROASTERS」、そして2018年には浅草にも店舗をオープンされました。

FUGLENを日本に出せることになったときも、自分が感動したノルウェーのコーヒーを日本でみんなに広めたいと思ったんです。でも、この味はすぐには広まらないだろうし、ゆっくりやればいいかなと考えていました。そこでとにかく、オスロで飲まれているものを提供する、というスタイルを徹底したんですよね。なかなかそういうのってないんですよ。どうしても、だんだん日本っぽくなっていってしまうので。意識的に気をつけていました。だから、お客さんが少なかったころはスタッフも店の前で「いい天気だなあ」なんてコーヒーを飲んで、だれか来たらコーヒーを作る、というスタイルにしたり。それがノルウェーの日常だったので。当初はお客さんを呼ぶことよりも、とにかく向こうのカフェを再現するためにベストを尽くしましたね。でも、今考えるとそれが集客につながったのだとも思います。オスロの日常を極めた結果、日本人にとっての非日常になったわけですからね。

──FUGLENのコーヒーといえば、オスロで確立された浅煎りの焙煎方法が特徴的ですが、当初はこちらも日本ではまだ浸透していなかったのではないでしょうか。

そうですね。「なんでこんなに酸味があるんだ」と聞かれたら、「それはノルウェーだからです、すみません」って答えてました(笑)。ぜんぜん答えになってないんですけど、ノルウェーだとこうなのかって納得してもらえるんですよね。今はロースターがあるので、果実味の話とか、後味の甘みとか、ワインのようにいろいろと言葉にして伝えることもありますが、当初は難しい言葉はなるべく使わないようにしていましたね。

──今ではある程度定着してきた実感がありますか?

それはありますね。やっぱり、ノルウェーでやってきた人たちが、その前の歴史からたどり着いた味なので。コーヒーを極めようとすると自然と向かっていく方向ではあると思うんです。ただ、少し前まで日本では、お客さんがまだまだ好まないからできないという人も多かったですね。

京都の料亭で出される和食って、見た目はすごく薄い色の液体なのに、口に含むとめちゃくちゃ厚みのある出汁の味がするじゃないですか。コーヒーも、浅煎りだけど、そのなかにいっぱい味がつまっていて、厚みがあって、後味がきれいに抜けていく……つまり、飲みごたえのあるものを作ろうと思っています。でもそれって、やっぱり素材が良くなければできないことなんですよね。多少疲れてきちゃった豆とかは、深く焼かなければ変な味が残ってしまったりするので。良い豆だからこそ、豆そのものが持つ味を表現すればおいしくなるし、僕はその味を表現したいと思って浅く焼いています。

──2020年からはコロナ禍もあり状況が変化された面もあるかと思いますが、今後はどのような展開をイメージされていますか?

コロナ禍の影響で、郊外の川崎に位置するロースターには逆にお客さんが来てくれるようになったんですよ。毎日の生活に根ざすという点では、やはり都市部よりもこういう場所のほうがいいのかもしれないなと実感しているところです。だから今後は、郊外型の店舗展開に力を入れていきたいですね。地元の人に心の安らぎを与えられる場所を作れたらいいな、と。

2011年の震災後、友人に声をかけられて福島の避難所にコーヒーを作りにいくプロジェクトをやったことがあるんです。そこでコーヒーを飲んだ人たちが、コーヒーを介して安らいでいた記憶を思い起こして、ひとときでも日常を取り戻してくれる様子を目にしました。コーヒーをきっかけに空間を作ることで、日常的な安心感を感じられる場所を提供できるんですよね。だから僕は、今のような状況だからこそ実店舗を大切にしたいと考えています。

コーヒーを飲める場所を増やしていきたいので、まだ詳細は言えませんが、5年以内に数店舗出店する計画を立てています。そのために、今は仕組みづくりをいろいろと考えているところです。

徹底して、ノルウェーの日常を再現することにこだわり続けた結果、日本に新たなコーヒーのスタンダードを確立したともいえる小島さん。

居心地の良いカフェは、忙しい日常に癒しを与えてくれるものです。そして、そんな安らげる時間を過ごすには、ときにはちょっとした贅沢感だったり、特別感も必要なのかもしれません。小島さんのスタイルは、日本で味わえるノルウェーの日常という、ある種の“非日常”として浸透したことで、着実に人々に受け入れられていったように感じます。

コロナ禍も経て、今後はさらに郊外への店舗展開を目指していくとのこと。“日常に溶け込む非日常”が、どのように広がっていくのか楽しみです。

FUGLEN COFFEE ROASTERS TOKYO
https://fuglencoffee.jp/

笹沼杏佳

Sasanuma Kyoka

ライター/エディター。Webや雑誌、企業Webサイトなどでジャンルを問わず執筆。その人が夢中になっていること、好きなこと、頑張っていることについて聞くインタビューと、質感や触り心地など、感覚的な魅力を言葉にして伝えるのが好き。

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