一杯のコーヒーから、豊かな暮らしをつくりだせないか。

一杯のコーヒーから、豊かな暮らしをつくりだせないか。

CRAFTSMAN COFFEE ROASTERS

2019.02.20

本州と九州を隔てる関門海峡。古くから交通の要所だった。

本州の最西端に位置する山口県下関市。
日本海、瀬戸内海に接する関門海峡に面し、ふぐを代表する新鮮な魚介類と、温暖な気候で育まれた農作物に恵まれ、食の街としても知られている。

しかし、ここがコーヒーとも縁深い場所であることはあまり知られていない。コーヒー豆の原産国として知られるブラジルやトルコの都市と友好都市であることが関係しているのか、昔からコーヒーを飲む習慣が根付いているという。市内には10を超える焙煎場が稼働しており、都市の規模としてはずいぶん多い。

その中でも目を惹くのが、高城翔伍さん、青山高志さんが共同で代表をつとめるCRAFTSMAN COFFEE ROASTERS(以下クラフツマンコーヒー)だ。

クラフツマンコーヒーさん。幡生駅から車5分程度。のんびり歩くのも楽しい。

2016年の開店以来、連日県内はもとより福岡、長崎、熊本からもわざわざコーヒーを飲みに訪れる人が途切れず、2018年には新しいコンセプトカフェ「THE LAB.」をオープン。主催したイベントは、初回から2,500人を超える集客を実現したという。

代表の二人は大学時代からの親友同士。代表の高城さんは東京の著名なカフェで修行したのち、下関で現在のクラフツマンコーヒーの前身となるカフェを開店。その後、名古屋でスポーツメーカーに勤めていた青山さんを呼び寄せた。

高城さんは「青山とどうしても仕事をしたかった」と言い、青山さんは「高城がいなかったら下関に来ることはなかった」と笑う。

下関でお店を出すことを決めた理由、二人で運営をはじめた経緯、そしてお店が目指す未来像を聞いた。

ありふれた国道沿いの風景の中に、いきなりオシャレなお店が出てきて驚きました。高城さんが下関にお店を出したのはどうしてですか?

高城
僕は生まれが静岡で、小学校までは北海道の函館にいました。それから、母親の実家がある下関に来て、中学や高校の青春をここで過ごしました。大学は神奈川でしたが、やっぱり、一番落ち着くのが下関なんですよね。それに、ここは海の幸も山の幸もとにかく豊富。野菜も農薬を使わないのが当たり前。かなり食に敏感な街だと思っています。

昔、仲のいいフレンチのシェフが「下関は料理人にとって本当に恵まれた土地だ」と言ったことも覚えていて。何かやるならここで始めようと考えていました。

青山
僕にとって下関とは縁もゆかりもなく、彼(高城さん)に誘われたというのがここに来たすべてです(笑)。ただ、実際に暮らしていく中でこの街の魅力にどんどん惹かれていきましたね。お客さまや知り合いも増えていって、だんだんとこの場所に愛着も湧いてきたし、これからも、ここで彼とやっていきたいなと思っています。

お二人は、住まいもシェアされていると聞きました。本当に仲がいいんですね。

高城
僕らは二人とも神奈川の大学に通っていたんですが、青山とはその頃からの親友です。それこそ入学式の日からずっと仲がよかったんです。青山の古くからの友人と地元の話で盛り上がっていたら興味を持ったやつがいて、それが青山でした。今でもその3人で遊びますよ。

青山
ちなみに、実はもうすぐ結婚するので、ルームシェアは解消予定です。

高城
僕の方が下関に長く住んでいるのに先を越されました(笑)。

高城さんは、創業当時から青山さんと組もうと考えられていたんですか?

高城
いつか一緒に、という気持ちはありましたが、創業の頃はそんな話もなかったです。ただ、クラフツマンの前にやっていたお店には月に一度ぐらいの頻度で手伝いにきてくれていました。

当時のお店は、ニュージーランドのオークランドでバリスタやっていた友人と立ち上げました。一杯のコーヒーにこだわりまくったお店です。飲むと、確かにめちゃめちゃ美味しい。……でも、うまくいかなかったですね。あの頃はとにかく味で勝負していて、お客さまへのサービスとか、カフェの雰囲気とかは二の次。もしかしたら東京ならハマったかもしれない。ただ下関では合わなかった。

あの頃は苦しかったです。僕がコーヒーに詳しくなかったのでバリスタに反論できないし。自分のお店のはずなのに、自分のお店じゃないみたいで。手伝いに来てもらっていた青山にも申し訳なかった。

どうやってお店は変わったんですか?

高城
本当に苦しかった2016年の12月のことです。青山がクリスマスに来たんですよ。お店を手伝いに。そして帰りの新幹線に乗る前に、彼が泣いたんです。僕は泣き虫だからめっちゃ泣くんですけど、彼の涙はあの一回しか見たことがありません。

「ショウゴのお店なのに、ショウゴがやりたいことができてない。悔しい。自分も来たいのに、このままじゃ来たくない」って青山が泣いたんですよ。その瞬間に俺は何をやっているんだと思って、友人のバリスタに辞めてもらいました。業績も良くなかったし、このまま雇用を続けることも難しかった。向こうの親御さんにも頭を下げました。

そして青山に来てもらったんです。彼は当時、大きなスポーツ用品のメーカーに勤めていましたから、まず親を説得しようと思って、ご両親にもお願いに行きました。代官山のフレンチレストランで、タカシくんをくださいみたいな(笑)。

青山が来て、コンセプトを練り直して、お客さまのことを本気で考えるようになって、色々なことが一気にうまく回り出しました。バリスタが変わって味が落ちたと言われる不安もあったのですが、むしろ毎月のように前年比200%を超えました。お客さまはコーヒーの味だけじゃなく、お店の雰囲気とかサービスとか、総合的に見ているのだと気づきました。彼がいなかったらこんな風になってないですし、この場もなかったと思います。

青山さんは、どうして下関に来ることを決意したんですか? もともとコーヒーに興味があったんでしょうか?

青山
僕は父の仕事の関係でフランスに住んでいたこともあって、ヨーロッパにいく機会がすごく多かったんです。向こうはカフェと暮らしがすごく近い。焼きたてのパンを食べながら、コーヒーや紅茶を飲むことがごく自然な光景でした。あの街の雰囲気に、ずっと愛着を持っていたんです。

そして、彼のカフェを手伝うタイミングで、名古屋のトランクコーヒーさんに1年ぐらい毎日通いました。コーヒーの勉強というよりは、そこで常連さんやスタッフと話をする時間がすごく好きでした。その頃からですかね、コーヒーの魅力にどっぷりハマっていったのは。

でも、ここでやることを決めたのは、コーヒーそのものというより、彼と一緒なら豊かな暮らしを作れるんじゃないかと夢見たんです。それは個人としてだけでなく、経営者として、従業員にもお客さまにも提供できるんじゃないかって。

クラフツマンコーヒーを立ち上げるときに、どんなお店を目指したんでしょうか。

高城
僕が唯一といっていいほどリスペクトしている、カリスマ的なギャルソンでありバリスタの方が東京にいるんです。彼が淹れるコーヒーはめちゃくちゃ美味しいんですが、いつだったかコーヒーに対するスタンスを教えてくれたことがありました。

休日は必ずサーフィンをする。プライベートが充実していないと美味しいコーヒーはつくれない。自分の精神状態が不思議とカップに出ちゃうんだ、って。

僕らはそこに深く共感したし、実際、どんなに忙しくても休むようになりました。スタッフにもどんどん外に出て遊ぶように言っています。関わる人の生活が充実したお店にする、というのはひとつの指針です。

高城
それと、これはさっき青山が言っていた豊かな暮らしとも繋がっているんですけど、僕らは一杯のコーヒーを通して、人生にどれだけ影響を与えられるか、どんなことができるのかという取り組みにすごく興味があるんです。

たとえば、コーヒーって世の中になくても平気じゃないですか。かわりの飲みものは星の数ほどある。それでも、一杯のコーヒーが心穏やかな時間をもたらしてくれることも確かにあって。そういう、世の中になくてもいいけど、人を豊かにしてくれるものをやりたい。人の感情を動かすことを。

そのようなコンセプトから生まれたお店で、ORIGAMIのカップを入れていただいた理由を教えていただけますか?

高城
クラフツマンコーヒーのブランドが成長していく中で、お客さまからロゴ入りのグッズが欲しいという声が大きくなってきたんです。そのときトランクコーヒーさんがORIGAMIを使っていることを思い出して。実際に使ってみるとすごくいい。それに、商品が出来上がるまでのストーリーがあるのがいいですよね。バリスタのために作られている点とか。

僕らは扱う商品はもちろん、インテリアひとつにも物語を大事にしているので、そこは選ぶ上で大きなポイントでした。

青山
……そんなことを、彼にプレゼンされたことをよく覚えています(笑)。
高城がいうように、物語があること、意味があることは大きな価値なんです。カップひとつ、ソーサーひとつに、自分たちがコーヒーに対して抱いている感情に近いものを感じました。それに、飲んだ時の印象も本当に違う。特にアロママグはパッと香りが広がりますよね。お客さまからの評判もいい。うちが出す一杯のコーヒーの価値が上がったように感じます。

ありがとうございます。最後に、これからクラフツマンコーヒーさんが目指していく方針について教えてください。

青山
地元住民から愛されて、長く続く会社にしていくことは大きな目標のひとつですね。それは美味しいコーヒーを提供したいというだけの話ではなくて、この下関という街に貢献したいという思いがあります。

たとえば2018年の秋には下関クラフツマンマーケットというイベントを主催しました。開催地は2店舗目であるTHE LAB.がある新下関市場。普段、業者以外は人もまばらな場所です。でも、そこに魅力的なお店を集めたら、初回に2,500人という集客を実現したんです。普段の様子を知る人には異様な光景だったでしょうね。盛況を聞きつけて市長も来ていただりして、すごく喜んでいただきました。

行政ではなく、僕らができる下関の価値を高めるやり方があるはずで、今後はそういった活動も続けていこうと考えています。やっぱり自分たちが暮らす街なので。

高城
お店としては、コンセプトを体現したこのお店と、よりコーヒーにフォーカスしたTHE LAB.ができたので、次は別の展開を考えています。たぶんコーヒーとは違う形、たとえばお花とかスイーツとか、新しい事業になると思います。

名前の由来にもつながるんですが、僕らは「職人」なんです。それはコーヒーだけではなく、お客さまに提供する食事やサービスを含めて、さまざまなプロフェッショナルがここにいるんだ、という思いです。その姿勢をぶらすことなく、誰かの暮らしを豊かにするものが作れたら、どんなものでもいいんじゃないでしょうか。

取材中、店内には焙煎直後の香ばしい豆の香りが漂っていた。コーヒーを抽出していたスタッフについて聞くと、元消防士だという。修行したいと飛び込んで、それからアメリカ、オーストラリアを巡って、また戻ってきたという。

「うちのスタッフは、どうしてもここで働きたい! と来てくれる子ばかりで、本当にありがたいです。みんなにちゃんと報いてあげたいし、彼らが将来もっとやりたいことが出てきたら、全力で応援します」と高城さんは言った。

海の幸、山の幸に恵まれた下関。このおいしい街に生まれた、職人たちのコーヒーは、これからこの場所でどのような豊かさをつくりだすのだろう。形はどうあれ、嬉しくなるような時間を過ごせるに違いない。

Photography: Tomohiro Mazawa

CRAFTSMAN COFFEE ROASTERS 
https://craftsman-coffee.com/

加藤信吾

Kato Shingo

with Barista ! 編集長 ライター / コピーライター
ORIGAMIのブランド設計に外部パートナーとして携わるなかで、様々なバリスタと出会い、各地のスペシャルティコーヒーに感動し、気がつけば一日2杯のコーヒーが欠かせない日々を送る。
twitter:@katoshingo_

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