埼玉県。熊谷駅北口を出てほどなく進むと、市街地を流れる星川にあたる。その川を横目にさらに歩くと、周囲の街並みに溶け込むように佇むカフェがある。ホシカワカフェ。開店11年目。地域ではどこよりも早くスペシャルティコーヒーを提供し、今や地元のコーヒー好きには欠かせないお店となった。
オーナーでありバリスタである鈴木洋介さんは、元ミュージシャン。熊谷で生まれ、熊谷を飛び出し、熊谷に戻ってきた。なぜバリスタを志したのか、どうして地元に戻ってきたのか。鈴木さんの半生を振り返ってもらうようにお話をお聞きしました。

鈴木さんがコーヒーの世界に入られたきっかけを教えてください。
鈴木
元々僕は前職がミュージシャンで、レコード会社に3年所属、勤めさせていただいていたのですが、自分たちの2枚目のアルバムのプリプロ(仮録音)が終わったと時に自分の能力の限界を感じて作品が作れなくなってしまったんです。
「僕の能力では一生続けていける仕事ではないな」と思い始めたのですが、僕は中学から音楽しかやってきていなくて。他の道を探して困っていた時に大学時代の教授から「オーストラリアの提携校に行ってみてはどう?」とアドバイスを受けました。
提携校がオーストラリアのアデレードという場所にあったので、そちらに行った時に出会ったのがグロリアジーンズコーヒーというフレーバーコーヒーのチェーン店だったんです。
そこで初めて「コーヒーっていいかも」「一生続けられる仕事になるかも」と思ったんです。
後で知ったのですが、祖父が東京の中野で喫茶店をやっていた時期があり、父も毎朝ハンドドリップでコーヒーを淹れる人でした。
「朝=コーヒー」はどこの家でもあたりまえの風景だと思っていたんですが、それは父が祖父のお店を手伝っていた時期があったからだったようです。

身近にコーヒーがあったんですね。
鈴木
そうですね。身近にコーヒーがありました。
ただ、オーストラリアに行った時は途方にくれましたね。それまで常に音楽があり、レコード会社のファン感謝デーともなればサインを求めていただけたり、応援や励ましのお言葉をいただけるような状況でした。
ところが、オーストラリアに行ったら当然僕の事は誰も知らない。果てしなく寂しかったです。英語も話せないし。環境にも慣れないし。
そんな時にグロリアジーンズに逃げ込んで、コーヒーの香りを嗅ぐと「実家ぽっいな」「落ち着くな」って思いましたね。24歳でホームシックというのも恥ずかしい話しですが(笑)。
その時は実際にそちらで働かれたんですか?
鈴木
当時は学生ビザだったので、働いてはいません。ライフスタイルの切り替えの意味もあって一年間は学生に戻ると決めていたので。その後、仲の良い友人達とメルボルンへ引っ越しました。当時は今の有名コーヒー店が出始めた頃で、今のメルボルンのようにここまでのコーヒータウンになるとは予想できておりませんでした。
転機は僕がオーストラリアから戻ってくるタイミングで偶然グロリアジーンズコーヒーが埼玉の羽生に出店することを知った時でした。
しかも、関東初出店の店舗を出すという話しだったので「絶対グロリアに就職したい!」と思って、合同説明会に参加しました。その場で「僕に店長をやらせて欲しい。ただ申し訳ないが一年半で独立したいんです!」と担当の方に伝えました。
最初に宣言されたんですか?
鈴木
宣言しました。「一年半で辞めるから僕を好きなように使ってください」と。
さも「すごいやつ来たな感」を出してしまったんですが、実際は3カ月間、帳簿のつけ方もわからなかったから会社の先輩にもスタッフの皆さんにも相当の迷訳をかけたと思います(苦笑)。
業務をやりながら、一つずつ覚えていって
鈴木
そうですね。「仕入れ品は・・・口に入るもの」「口に入らないものは・・・仕入れ消耗」など一つ一つ丁寧に教えていただき、そのようなかたちで帳簿のつけ方も身につけていきました。
その甲斐もあって1年半で宣言通り辞める事になるのですが、驚いた事にその後妻の妊娠が発覚しました。「今更会社に泣きつけないし、もうやるしかないな」と決断したのが2008年10月でした。
その5ヶ月後、熊谷の星川(ホシカワ)通り、子供の頃好きだった商店街で最初のお店「ホシカワカフェ」を始めました。

始めるなら熊谷と最初から決められていたのですか?
鈴木
そうなんですよね。「地元をカフェで盛り上げたい!」「なんとかしたい!」と思ったんです。若気の至りですかね(笑)
元々、星川通りはとてもにぎやかなところだったんですが、時代の流れとともにお店がどんどんなくなってしまいました。
そこで「カフェを始めたら人が来るかな」と。カフェはコミュニティの場所でもありますし。気づいたら今年で11年目、焙煎所も5年目です。
ところで、よく「星川カフェ」と表記されることがあるのですが正しくは「ホシカワカフェ」です。
これは僕の特別な思いがあって「熊谷市民に愛されている星川」を「いつかは外国の方々にも知っていただき、海外からもお越し頂ける通りにしたい」という壮大な願いが込められています。きっとその時は「星川」は「ホシカワ」となるだろうと、ややこしいですけどこの感じ伝わりますかね?(笑)

熊谷の地域性についてはどうですか。
鈴木
とにかく夏は暑く、冬場は風が強い!(笑)。それと開業当時は、地方都市らしさというか「オープンではないな」と感じましたね。
「あんたは余所者だから行かない」とか「なんか・・・目立っててムカつくんだよね」と怒られたり。今ではいい思い出ですが、お酒の席で僕だけグラスが用意されないなんてこともありましたよ。
10年経ってようやく「ホシカワカフェさん、あんたはもう余所者じゃないよ」と言っていただけました。とても嬉しかったです。
この街が好きなんですね。
鈴木
はい。僕はここで生まれて良かったと思うし、ここでお店を出して良かったと思います。辛い時期もありましたが、その中でも素敵な方もたくさんいて。
近所の年配の男性に「あんた、他の人たちと同じことをやっちゃダメだよ」「新しい文化を作る、そんなお店を作ってくださいね」と言っていただけたことは今も僕の支えになっています。
ご年配の方はスペシャルティコーヒーをどうとらえてみえますか?けっこうギャップがあるようにも思えるのですが。
鈴木
ギャップはありますよね。「コーヒー」って「コーヒー味」のアメやお菓子があるくらいに「味に明確なイメージ」があるじゃないですか?多くの皆さんが「苦くて大人な味」として認知されているあの味。
ですが、スペシャルティコーヒーの味わいの表現は全く異なります。
もちろん一口召し上がって「あ、酸っぱい系ね」や「コーヒーじゃないみたい」と最初の一歩を悲観的に捉える方がいらっしゃるのは事実です。
でも、温度の変化で美味しくなることを丁寧に伝えたり、飲み比べていただくと確かに「違い」を感じていただいたり、プレゼン次第では「新しい価値観のご案内」が出来ます。
逆に驚いたのは、ご年配の方の中には「違ってあたりまえ」という価値感で来られる方もいらした事かもしれません。こちらに歩み寄ってくださる印象というか。「あ、これはおいしい。全然違う」って素直にお褒めいただくことも少なくないです。
やっぱり、おいしいものって伝わるんですね。
鈴木
そうですね。伝わっていると信じています。お店やイベント出店などでなるべくお客様と顔を合わせることで「私たちの姿」をお客様に伝えることもできるし、逆にお客様が「美味しいと感じているもの」を知ることが出来ますよね。
先日のワールドカップ熊谷でも開催されていましたが、その際はいかがだったんですか?
鈴木
ラグビーの時は驚くほどたくさんの方々が熊谷へいらしてくださいました。
Conscienceの前の通りがラグビー場行きのバス発着場だったのですが、皆さん10分かけて駅から歩いていらしてバスに並ぶ長い列ができていて・・・普段とは全く違う景色に僕らも含めて地域の方も驚いたと思います。
このイベントを機に「ラグビータウン熊谷」は知名度が上がったようで、先日の大阪阪神百貨店梅田本店のイベントでも、ラグビーファンの方々が何人も「この前、熊谷にラグビーを観に行ったよ!」と声をかけてくださいました。
今度、熊谷にラグビートップチームPanasonic Wild Knights(ワイルドナイツ)が来る事になっています。先日のファン感謝デーでも私達が「Panasonic Wild Knightsコーヒー」をパッケージからオリジナルで作らせていただき提供しました。コーヒー好きの選手たちも多いそうなので、今から楽しみです。

ラグビーだけでなくスペシャルティコーヒーやコーヒーの業界にも言えそうですね。ブームで終わってしまうのではなく。地域に根付いていく感じが大事になりそうですね。
鈴木
この1、2年で熊谷近郊にもお店がかなり増えたし、まだお店が増え続けています。今はようやく地方にも派生し始めた「ブーム」なのかもしれませんね。
ただ、スペシャルティコーヒーは一過性のブームでは無い気がしています。僕らでさえまだ独立して11年。偉そうに語ることはできませんが、土壌ができていくためには世代を跨いだブームの継続が必要になると思います。
実は先日の阪神百貨店のイベントでスペシャルティコーヒーの店舗さん達に世代の交代を少しだけ感じたんです。
僕らがコーヒーフェステバルに出始めた頃は1977年生まれから1987年生まれくらいのオーナーさんが自らコーヒーを淹れていることが多かった。
ところが最近はそういった同世代の方達が、この前のイベントでは他の業務がお忙しい事もあると思いますが、現場を離れはじめている。
代わりに今1990年代生まれのバリスタさんが増えていて、「あっ気づいたら世代交代始っている」と思いました。
僕らのチームでさえ、今イベントにメインで行ってくれているバリスタは1997年生まれの22歳ですからね。
鈴木さんは今後、現場に立ち続けたい、もしくは少し現場を離れて別の事がしたいどちらの方向というようなご希望はありますか?
鈴木
両方ですね。現場には立っていたいです。僕らの職業は「一杯売って、数百円の世界」。店舗を大きく広げない限りは大きな金額を得られる仕事ではないので、どちらかというとお客様との繋がりや信頼をしていただくことで「豊かになる人生」が報酬に当たる部分でもあると思うのです。
そういった意味でもたくさんのお客様と直接顔を合わせられる機会と時間をなくしたら寂しいですよ。
でも、さすがに一日ドリップし続けるのは体力の限界を感じはじめていてます。この前のイベントでも一日中ドリップをし続けて、タコとマメが手にできてしまって(笑)。
とはいえ、スタッフ達に仕事を取ってくる立場(経営者)でもありますので仕事の幅が現場以外にも広がってきています。
スタッフ皆んなが帰った後に一人お店で事務作業や書き物をして・・・という事も随分と増えましたね。メーカーさんとのつながりや地域の社長さん達との交流なども経営者ならではの大切な仕事だと考えています。
現場で一日ドリップし続けるのは大変ですよね。スポーツ選手のようにゾーンに入ってくる不思議な感じがあるのではないですか?
鈴木
それ、あります(笑)。
ただ一番大切なことは「お客様が信用して買ってくださる大切な一杯を、私たちは最高の一杯に仕上げて提供する責任がある」ということです。
仮に僕らが一日中何百杯コーヒーをドリップしていたからって、目の前のお客様には関係がないですからね。
さっきお話した「責任」を考えると、また1年後に同じようにできるかとどうか自信は持てないですが、スタッフ達にコーヒーを淹れさせてもらえるうちは現場にはいたいですね。
最近では企業や地域を巻き込んだ活動もしているとお聞きしました。
鈴木
はい。最近では、ラグビーファン感謝イベントの「Panasonic ワイルドナイツ コーヒー」で、ラッキーコーヒーマシさんのLCD-1という業務用卓上コーヒーメーカーで提供しました。
これはベースがPanasonic製ということもありますが、SCAJの時に僕のコーヒーを使っていただいていたので、その恩返しという気持ちもあり当日会場で使わせて頂きました。
僕というハブを介して異業種をコネクトできるようになってきているのはお世話になってきた企業さま達への恩返しやお役に立てる気がして嬉しいです。
ORIGAMIでももなにかご一緒できる事があればぜひよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。
鈴木
こちらこそよろしくお願いいたします!


お店を出ると、すぐ目の前を星川が流れます。鈴木さんは、この川が流れるこの街が好きで、この街だからホシカワカフェを出したかった、と言いました。ちいさな川ですが、ここにもたくさんの人の思いが流れているのかもしれません。
この星川を眺めながらのむスペシャルティコーヒーもまた素敵です。近くにお越しの方は、ぜひお店にも足を運んでみてください。
ホシカワカフェ
https://www.hskwkf.com/

加藤信吾
Kato Shingo
ORIGAMIのブランド設計に外部パートナーとして携わるなかで、様々なバリスタと出会い、各地のスペシャルティコーヒーに感動し、気がつけば一日2杯のコーヒーが欠かせない日々を送る。
twitter:@katoshingo_
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