変化を重ねて、生きていく。MILKBREW COFFEEを考案した酪農家の話【自由なコーヒー。vol.12】

変化を重ねて、生きていく。MILKBREW COFFEEを考案した酪農家の話【自由なコーヒー。vol.12】

ーーナカシマファーム 中島大貴

2022.01.01

自由なコーヒー。

一杯のコーヒーに、無限の可能性を感じる人たちがいます。常識や流行にとらわれず、直感に従いながら、目の前の人やもの、ことに向き合う人たち。ロースター、バリスタ、ときに料理人、ビジネスマン、もしかしたら茶人も。場所や職業を問わず、さまざまな形でコーヒーに関わる彼らは、どのようなことを考え、その道を歩むことになったのでしょう。彼らの営みを通じて、コーヒーが持つ自由な側面を切り取っていきます。

「コーヒーとミルク。それは切っても切ることのできない関係で結ばれた、パートナーですよね」。そう話すのは、佐賀でナカシマファームを営む酪農家の中島大貴さん。ナカシマファームといえば、ノルウェーでコーヒーと共に楽しまれているブラウンチーズを日本で初めて製品化し、世界的な賞を受賞したことで知られている。昨年夏は、中島さんが考案したミルクで抽出するコーヒー「MILKBREW COFFEE」が人気を集めた。

今回中島さんに取材を申し込んだのは、彼の営みの背景にある発想について話を聞きたかったためだ。酪農家である中島さんはどんな視点でコーヒーと向き合っているのか。自身の営みを通じてどんな表現をしていきたいと考えているのか。東京からオンライン取材にて話を聞いた。

MILKBREW COFFEEの店舗にて、開店前にお時間を割いてくださった中島さん

変化し続けていくということ

――はじめに中島さんが酪農家になった経緯を教えてください。学生時代は建築を学んでいたのですよね?

中島:実家が酪農を営んでいたのですが、よくある話で、家業を継ぐことに抵抗がありました。子どものころからものをつくることが好きだったので、工学とデザインに行き来している建築に魅力を感じて、建築家になろうと思っていました。ところがいざ建築学科へ進学してみたら、まわりが優秀な人ばかりで。本当に自分もそこで勝負していくのか? と自分が持ってるものを見つめ直し、酪農家という貴重な立場を生かしたほうが良さそうだと考えたんです。今では、建築の表現をする延長線上にこの仕事があると思っています。

「母や祖母はいつも発酵食品をつくっていました。幼いころから、彼女たちが味をよくしようと話しているのを横で聞いていましたね」。母親達と過ごすなかで、ものは買うより作るのが当たり前、という感覚は自然に身についたという

――建築を学んだ経験は今の仕事にどう生きていますか?

中島:建築は、本質的な問題解決を目指して色々なプロジェクトを考える学問でした。あらゆる物事は領域を超えても通用することを学びましたね。そして常に物事の本質的な価値を考えるようになりました。

――本質的な価値と問題解決の方法を考えることが、ナカシマファームのさまざまな展開の源になっているのですね。もう少し具体的に教えていただけたらと思うのですが、例えばブラウンチーズはチーズの生産工程で破棄される大量の乳清(ホエー)を利用している点が評価されていますし、乳牛の飼料を栽培してファーム内で循環を回していることも知られていますね。

中島:メディアで「持続可能なものづくりに励んでいる」とご紹介いただくのですが、結論から言うと、つくり方も大切にしているけれど、そこにフォーカスしているわけではありません。酪農家として生きていると、持続可能なやり方でしかやりようがないのです。牛たちを飼っていると、常に彼女たちに対して一定の品質を提示していかなくてはいけません。たとえ自分が病気になっても、災害に遭おうとも、1日も休むことはできない。だから持続可能な方法で営んでいく。それは私たちの子育てにも言えることですし、どんな人の生活にとってもそうなんだと思いますが、酪農なんかは持続的にやっている姿がわかりやすい。

世界銅賞受賞のブラウンチーズ。国内での受賞後、Fuglen Coffee小島氏とのコミュニケーションで味が改良され世界大会に送り出されたという開発秘話も

――「持続可能であり続ける」とは、つまりどういうことなのでしょう?

中島:持続可能な営みを続けるのに大切なのは、「変わり続ける」ことだと考えています。これは実際に酪農をやりながら言語化できたことなのですが、本質が変わらなければ、最終成果物はなんでもいい。時代に合わせて柔軟に変化していけば良いと思うのです。酪農でいうと、主なビジネスは牛乳を搾って出荷することです。僕らはさらに、2012年からチーズを作りはじめたことで成果物に変化をつくりました。もう少し手前の段階でいうと、水田で米と大麦をつくっていますが、10年前であれば人々に食べられる需要があったので出荷していたところ、今は全て飼料に変えています。現在、米はカフェとなり、チーズとなっているわけです。時代に合わせて最終成果物を変えていくことで雇用は守られるし、事業も続けていくことができる。

「小さいときからあれこれ装置をつくるのが大好きでした。自然エネルギーを作る仕組みにも興味があって、小学生のころ、身近な川でダムと同様にはたらくプロペラをつくってみたり」

――コロナ禍をどう捉え、受け止めていますか?

中島:農家として世の役に立てる時代がきたな、と思いました。22歳のころに仲間の農家と「国難が起こった時に困らないように準備しよう。農家の出番だ」と話していて、それが現実になったのだなと。なので皆さんにはエールというか、農家が皆さんを守りますから大丈夫ですよ、と言いたいです。

うちは農家でありながら小売もしていて、飲食店との繋がりも多くありますが、商売は一人ひとりに対して接客を割いた形にしていかないと今後は厳しいのではないかと思っています。また、人口は減っていくから、客単価を上げないと成立しません。商売に限らず、人と人の関係を大切にしていかないと。もともとあった問題が顕在化したんですよね。 

ミルクとコーヒーが出会って

――MILKBREW COFFEEについて教えてください。作り始めたきっかけは?

中島:福岡のMANLY COFFEEの水出しコーヒーのバッグがうちにあって、搾りたての新鮮な牛乳で抽出したら美味しいのではないかと思い立ったんです。エチオピアの浅入りの豆でした。実際に浸けてみて、飲んでみると、ベリー系のフレーバーが香って、華やかでフルーティな味がして。コーヒー豆が持つベリー系の香りがミルクに転じて、いちごみるくのような味になりました。次に試したものではメロンの香りが。「これは単なる美味しいコーヒー牛乳ではない、これはコーヒーのポテンシャルを水出し以上に引き出している」と感じました。

(左)MILKBREW COFFEEを中島さんと共に開発し、立ち上げた、MANLY COFFEEの須永さん(右)中島さん
コーヒーのフレーバーを形容するのは難しいが、ミルクで抽出したコーヒーなら香りが強まりフルーティーさを感じやすくなる。

――美味しさの秘訣は何なのでしょう。

中島:牛乳って匂いを吸着しやすい性質を持っているんですよね。牛乳に含まれるタンパク質は、多孔質といってスポンジのように穴がたくさん空いた形状になっていて、そこに香り成分が吸着します。だから水分に抽出した時より、よく香りが立つんですよね。

――コーヒーの新しい側面を引き出しているのですね。

中島:浅煎りのコーヒーを始め、酸味のあるコーヒーってまだまだ苦手な人が多いじゃないですか。僕らは佐賀の中でも田舎なので、浅煎りが苦手という方が多い傾向がありますが、皆さん浅煎りの豆を使っていると知らずにMILKBREW COFFEEを飲んでいます。「コーヒーは嫌いだけど、MILKBREW COFFEEなら飲める」、逆に「ミルクは苦手だけど、これなら飲める」という声をとても多く聞きます。

水出し以外の楽しみ方や、挽き方、パックの検討など、研究を重ねている

プロトタイプの産物が、新しい概念をつくる

――なぜブランド、そしてお店を立ち上げるまでの展開に?

中島:調べたところによると、水出しコーヒーって一千億円くらいの市場規模を持っているんですよね。MILKBREW COFFEEも同様に、世界的なカルチャーになるなと思ったんです。それで投資をすると考えたときに、フラッグシップショップを作ることが一番カルチャーを加速させると考えました。

――MILKBREW COFFEEを通して実現していきたいことについて教えてください。

中島:目指しているのは、おこがましいのを承知で言いますが「MILKBREW COFFEEを通じて、コーヒーのフォースウェーブをつくること」です。同時に「ミルクのサードウェーブをつくる」ことも大きなゴールです。牛乳に関しても、わかりやすいデザインとしての表現がいるなと思っていました。

農業なので、当然サードウェーブ的な発想はあるのですが、如何せん数が少ないのと、それがデザインに降りてきているかというと、そうではない。セカンドウェーブがスタバでサードウェーブがブルーボトルだったように、わかりやすいものがいるなと思うんです。それが牛乳業界にとってはミルクブリューコーヒーであってほしいなと。

ミルクとコーヒーという違う領域のものが、お互い自立しながら、お互いリスペクトして新しい価値をつくる。そうしてミルクによってコーヒーも次のステージヘ送ってあげることができたら面白いなと思います。牛乳がコーヒーから何をもらっているかというと、コーヒーによって選択肢の楽しさを与えてもらっているんですよね。それでお互いが自立しながらお互いの価値を上げていくというのが、MILKBREW COFFEEの一つの発想なんです。

――コーヒーに携わってみて新しく得た視点や考えはありますか?

中島:コーヒーって食品の中でも多大な影響力があるものだと思うんです。これだけ世界中に流通して、専門店があるものってなかなかない。あらゆる人々が、コーヒーから多様なカルチャーを生み出している。そこへ最大限のリスペクトを持ちながら、その力をうまく使っていきたい。さまざまな企業や活動がコーヒーの影響力を社会問題の解決やアートの領域に活用していますよね。コーヒー業界に対して、これまでになかった価値を牛乳業界から戻していきたい。コーヒーには恩を感じているので、MILKBREW COFFEEによって、その裾野を広げていきたいです。

――今後の展望について教えてください。

中島:MILKBREW COFFEEは新しいプラットフォームになりうるので、ここ嬉野ではナカシマファームの牛乳を使っていますが、全国、全世界のいろいろな牛乳と提携して、牧場と街を繋いだり。そういう店舗をどんどん作っていきたいですね。

その人生を歩んできたからこその、中島さんの発想と、構成力。自分達が携わるビジネス、ひいては自分達の暮らし方や生き方に対しても新しい視点を与えてくれる話を伺えたように思う。酪農家として、自身を取り巻く生態系や社会に対する使命感を果たしながら、ミルクやコーヒーを通じて新しい文化を切り拓いていく中島さんを、これからも応援し続けたい。

MILKBREW COFFEE
https://www.milkbrew.co.jp/

ナカシマファーム
https://www.nakashima-farm.com/

木村びおら

Viola Kimura

出版社勤務を経てエディター/ライターに。雑誌や書籍、WEBなどで編集・執筆をするほか、イベント企画やPRなども手がける。現在は医療専門誌の編集の傍ら、教育、福祉、デザイン、ものづくり、食などのコンテンツ制作に携わっている。写真家の夫と2人の子どもと4人暮らし。

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