コーヒーショップが、できること。【自由なコーヒー。vol.8】

コーヒーショップが、できること。【自由なコーヒー。vol.8】

ONIBUS COFFEE 坂尾篤史

2020.12.22

自由なコーヒー。

一杯のコーヒーに、無限の可能性を感じる人たちがいます。常識や流行にとらわれず、直感に従いながら、目の前の人やもの、ことに向き合う人たち。ロースター、バリスタ、ときに料理人、ビジネスマン、もしかしたら茶人も。場所や職業を問わず、さまざまな形でコーヒーに関わる彼らは、どのようなことを考え、その道を歩むことになったのでしょう。彼らの営みを通じて、コーヒーが持つ自由な側面を切り取っていきます。

今回のゲストは「コーヒーで、人と人をつなぐ。」をコンセプトに、都内に5店舗を展開するONIBUS COFFEEの坂尾篤史さん。

「ONIBUS(オニバス)」とはポルトガル語で「公共バス」を意味し、語源を辿ると「万人のために」という言葉に行き着きます。それを体現しているかのように、どの店舗にも近隣の老若男女が集い、賑わいを見せています。地域に愛され、それぞれの個性が光っているのがONIBUS COFFEEらしさのひとつと言えるかもしれません。

坂尾篤史さん。ゼネコンに勤務後、家業である大工となるがある時バックパックの旅へ。旅先でコーヒー文化と出会う。帰国後Paul Bassetで焙煎から学び、独立。2012年奥沢に第一号店をオープン。
昨年東京・世田谷の住宅地街にオープンしたオニバスコーヒー八雲店も、近隣の老若男女が集まる人気店。
ロースターでもあり、研修を行ったりと、OINBUS COFFEEの拠点のような役割も果たす。

コーヒーブームが落ち着き、世界が新型コロナウイルスによる影響を多大に受けたいま、コーヒーショップは環境や社会に対するアプローチにより励んでいく必要がある、と坂尾さんは考えています。OINBUS COFFEEでは、生産者との持続可能な取引を心がけるほか、店舗で使用する資材などのあり方を見直しています。また、昨年からはコーヒー滓から培養土を作り、より資源を循環させていく取り組みもスタートしました。

美味しいコーヒーを提供するための努力が積まれているだけでなく、土地に根ざした店舗展開や、こうした取り組みの一つひとつが、消費者に共感や納得感を抱かせ、私たちを惹きつけているように思えます。

日本で新型コロナウイルス感染拡大が始まって約一年が経ち、コーヒーショップや飲食業界をどうみているのか、どんな未来を目指しているのか、今の坂尾さんの考えを伺いました。

暮らしのインフラとしてのコーヒーショップ

坂尾さんは自分たちのコーヒーを「日常に溶け込んでゆくもの」と位置付けています。そこには開業時の思いが込められていました。

––もともと他業界で働いていた坂尾さんですが、ONIBUS COFFEEを立ち上げるきっかけはなんだったのでしょう?

坂尾:バックパックで行く先々のカフェに立ち寄っては、そこに人が集まって、いろいろなことが起こって行く様子が面白くて。オーストラリアでコーヒー文化に出会って、美味しいコーヒーやあの朝の雰囲気を、自分でも作りたいなと思ったんです。

そして開業以来、都内5箇所で地域に愛される店舗展開をしてきました。2020年は新型コロナウイルスにより多くの飲食店が打撃を受けたなか、都心部の2店舗をクローズし、豆の卸が停滞したものの、店舗の客足が途絶えることはなく、オンラインの売り上げは大きく伸びたといいます。

––それだけコーヒーが人々の生活にあって当たり前のものだったということでしょうか。

坂尾:そうですね。コーヒーに関しては、スペシャリティコーヒーが登場して20年近くが経ち、一般的で、日常的なものになってきたと感じます。ある意味コーヒーショップ(ロースター)は他の業態に比べて、新型コロナウイルスの影響を受けにくかったのかもしれないです。この一年で潰れてしまったコーヒー屋さんの話はあまり聞きませんね。個人店で住宅地にある地域に根ざした店は売上が上がったそうですし。

ONIBUS COFFEEのファンが多いことが言うまでもありませんが、新型コロナウイルスの感染拡大は、コーヒーのあり方を再確認する機会となったようです。

インフラとして機能するから、できること

坂尾さんは、暮らしの一部として機能していくコーヒーショップだからこそ、やれること、やるべきことがあると話します。

例えば、クオリティの高いコーヒーの提供はもちろん、食のダイバーシティに対応したドリンクや焼き菓子を提供すること。人々が集うからこそ文化の発信地として展示やポップアップの機会をつくっていくこと。そして、日々多くの杯数が出るからこそ、資材を見直したり、廃棄物(コーヒー滓(かす))を再利用していくこと。

現在ONIBUS COFFEEが行なっている主な取り組み
・オリジナルデザインのMiiRタンブラーを販売(MiiRは、企業利益の3%を毎年、世界中の水・移動手段・教育の行き届かない不自由な地域のサポートプロジェクトに寄付している)。マイボトルを持っていけばコーヒーを20円引きにて提供。給水は無料。
・オリジナルのキープカップを陶芸家とともに制作(ABOUT LIFE COFFEE BREWERSにて販売)。
・レジ袋が有料されたのを機に、紙袋を有料化(もともとプラスチック製の袋は使っていなかった)。その売上は資材代として受け取るのではなく、森林保護団体more treesへ寄付。
・コーヒー滓を再利用して培養土をつくる。

プラスチック問題をはじめ環境問題への対応が叫ばれるなか、コーヒー業界全体でもサステナビリティへの意識が高まりつつありますが、実際にその効果や数字を追いかけながら取り組んでいるところは多くはないのではないでしょうか。

また、ONIBUS COFFEEは「コーヒーにかかわるすべての人たちの生活を向上させる」というミッションのもと、コーヒー豆の生産現場へ足を運び、農園と持続可能な取引を結ぶ努力を続けています。顧客と社会にとってベストな選択をすることは、坂尾さんとONIBUS COFFEEにとって自然な行いのようです。

エチオピアの生産者を訪問した際の一枚。

––そうした対社会的な意識は、開業当時からあったのでしょうか?

坂尾:オーストラリアのカルチャーに触れてきたこともバックグラウンドにありますね。実際に自分の店で何かしようと意識が高まったのは、奥沢に次いで中目黒にも店舗をオープンした頃からです。青山ファーマーズマーケットや学芸大学のFOOD & COMPANY、鎌倉のPOMPON CAKESを率いる同世代の仲間たちが高い意識を持っていて、彼らから受けた影響も大きいと感じています。

これまで社会的な活動は坂尾さんが一人で進めてきたが、昨年からは社内にサステナビリティ担当を設け一緒に進めている。

より循環型の社会へ

ONIBUS COFFEEが昨年から取り組んでいるのが、コーヒーの滓(かす)から培養土をつくること。日々の営業で、店舗では膨大なコーヒー滓が排出されます。それを都内の鴨志田農場の堆肥場で鶏糞、米ぬか、籾殻、壁土などを混ぜ、発酵させています。

現在仕込んでいる培養土は、全店舗で約1ヶ月間の間に出るコーヒー滓150リットルほどが元になっています。

コーヒーソイルは各店舗とオンラインショップにて販売中。

坂尾:毎日多くのコーヒー滓を出しているため、コーヒーソイルはいずれやりたいと思っていました。地方でやってくださるというところもあったのですが、輸送コストなど他のエネルギー負担も大きいと考え、都心の中で循環させる方法を探していました。そんな中出会ったのが、「都市型農的ライフスタイル」の普及に取り組むNPO法人アーバンファーマーズクラブ。さらに彼らに紹介してもらったのが、三鷹の鴨志田農園さんでした。

コーヒー滓から堆肥を起こすのは初めてだそうですが、昨年から実験的に協力してくださっています。あくまでも自然栽培の農業として使える堆肥を目指して作られています。

一度仕込んんだ堆肥ができる上がるまで3ヶ月。時折かき混ぜながら熟成させる。
コーヒー滓にコールドプレスジュースの滓、ビール、花も配合して、堆肥化・培養土化させていく。

鴨志田農園の鴨志田さんは堆肥研究の第一人者で知られる橋本力男氏の元で学んだ方。そこで作られるコーヒーソイルは、家庭菜園で買う人は贅沢な、高品質な土と言えるでしょう。

––販売し始めてみて、反響はどうですか?

坂尾:発売した当時は、すごく反響が大きくて評価もしていただいたんですけど、あまり売り行きにはつながらなくて(笑)。それでも少しずつ手に取ってもらって、ようやく昨年仕込んだ在庫がなくなってきたところです。主に家庭用で購入いただいているようです。

––坂尾さん自身もパーマカルチャーのスクールにも通っていますね。パーマカルチャーを学んで、仕事における変化はありましたか?

坂尾:月に一度、パーマカルチャーのデザインを学ぶコースで、通って一年くらいが経ちます。修了するとパーマカルチャーのデザイナーとして国際的な認定をもらえるというカリキュラム内容です。世界共通でやっている、哲学や、世界的なコミュニティやランドスケープデザインについてなど、概念的なことをずっとやっています。

コーヒーショップとして、環境や社会的なことをやって行く必要が今後よりあると思うし、コーヒーショップだからこそ、世の中で起きていることを発信して、色々な人に気づいてもらえる場所を開く価値があるという確信は、スクールに行ってより強くなった気がしますね。

パーマカルチャースクールのデザインコースには、建築関係や経営者の仲間が。スクール外でも旅を共にし学びを深めている。

––今後のONIBUS COFFEEの展望は?

坂尾:来年目黒区に新しくカフェをオープンしようと計画中です。これまでの店舗より広くなるのんで、フードを出していきます。畑も作り、そこで自分たちで堆肥も作りたいと考えています。

––コーヒーソイルを始めた際に、いずれは自分たちで作りたいと話していましたが、それが実現されるのですね。

坂尾:そうですね。実際にコーヒー滓が培養土になっているくさまを見られるのって良いなと思っていて。目の前でそれを見てもらって、自分たちの家や仕事場でもできる、って思ってもらえたら嬉しいです。

この秋発売されたコーヒー滓を利用したソープ。各店舗とオンラインショップにて販売中。

コーヒー滓を循環させていく取り組みは、継続していきながらその質量を増やしていきたいということです。

新型コロナウイルス感染拡大を受けて、人々の働き方や暮らし方が変わりつつあります。様々な業界が変化を求められていますが、坂尾さんは今後をどう見据えているのでしょうか。

––例えば人々の住まい方に伴い不動産業界では動きが大きいようですが、飲食業ではどうなんでしょうか。坂尾さんたちの事業にも変化はありそうですか?

坂尾:僕らがカフェをやるにあたって、良いシェフを迎えられたら良いな、ということは考えます。オーストラリアでは、カフェのフードも結構美味しいんですよね。というのも、もともと星付きのレストランにいたようなシェフが、働き方を変えたいとカフェに来ていたりするからです。

日本でも飲食店が夜遅くまで営業しなくなって来ているので、そういうシェフたちが増えて言ったら良いなと思いますね。

––そうやって様々な職業のあり方も変わっていきそうですね。新店舗をはじめ、今後のONIBUS COFFEEの展開も楽しみです。今回はありがとうございました!

コーヒー業界に限らず、レストラン業界のシェフたち、ワインのエキスパート、建築やデザインの専門家など、幅広いつながりを持つ坂尾さん。ONIBUS COFFEEを経営しながら、フットワーク軽く様々な土地へ出向き、他領域を学んでいる姿が印象的です(筆者も坂尾さんとワイナリーへの旅を共にしたことがありますが、その好奇心旺盛ぶりに驚かされました)。

そんな坂尾さんを見ていると、業界や立場を問わず、一人ひとり置かれた場所でできることがもっとあるのではないかと考えさせられます。

変化が多く、何かと不確実な世の中ですが、今一度足もとと未来を見直し、今後のあり方を考え直してみたいと思わされる取材でした。

ONIBUS COFFEE
https://onibuscoffee.com/

木村びおら

Viola Kimura

出版社勤務を経てエディター/ライターに。雑誌や書籍、WEBなどで編集・執筆をするほか、イベント企画やPRなども手がける。現在は医療専門誌の編集の傍ら、教育、福祉、デザイン、ものづくり、食などのコンテンツ制作に携わっている。写真家の夫と2人の子どもと4人暮らし。

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