自由なコーヒー。
一杯のコーヒーに、無限の可能性を感じる人たちがいます。常識や流行にとらわれず、直感に従いながら、目の前の人やもの、ことに向き合う人たち。ロースター、バリスタ、ときに料理人、ビジネスマン、もしかしたら茶人も。場所や職業を問わず、さまざまな形でコーヒーに関わる彼らは、どのようなことを考え、その道を歩むことになったのでしょう。彼らの営みを通じて、コーヒーが持つ自由な側面を切り取っていきます。
TOP画像:Overview Coffeeの日本での展開や、Parkletを手がけるTerrainの(左)Max Houtzager、(右)岡雄大氏
コーヒーが世界でどれだけ飲まれているか知っているだろうか。ある国際的な調査によれば、コーヒーは水に次いで多く飲まれている飲料のひとつだという。今回紹介するOverview Coffeeは、コーヒーが持つ環境へのインパクトの大きさに着目して事業をスタート。コーヒー豆の栽培方法から見つめ直し、土壌再生と気候変動問題の解決に寄与することをミッションに掲げるコーヒーロースターだ。
日本では株式会社Terrain(以後Terrain)がOverview Coffeeの日本焙煎所を広島県尾道市瀬戸田港そばに構えた。さらにTerrainはこの冬、東京·日本橋へカフェベーカリーParkletをオープンし、同所で焼かれるパンやコーヒーの美味しさはもちろん、公園と地続きのロケーションや居心地の良い空間が人気を集めている。

Terrainを立ち上げたのは、クリエイティブディレクターのMax Houtzagerと、長年デベロッパーとして数々の場を手がけてきた岡雄大氏。2人はMaxが14年に渡り制作してきたメディア『TERASU』を通じて出会い、仕事を共にするようになったという。現在はMaxとTERASUのクリエイティブプロジェクトを進めてきた増田啓輔氏が、Terrainの一事業であるOverview Coffeeの日本代表を務める。
筆者がはじめてParkletに足を踏み入た際、空間を構成する素材の温もりや、随所に茶目っ気が添えられているのを感じ、童心に帰るような感覚を覚えた。また都心でありながら広い公園と地続きになっていて、開放的な雰囲気に浸れるのも新鮮だった。巨大な切り株を使ったベンチや、提供されるコーヒーやフードから自然の恵みを感じることができる。そして何より、幼い子どもから年配者、主婦やサラリーマンと、多様な人々がそこで寛いでいるのが印象的だった。


Overview Coffee Japanの展開にも、Parkletという場所の在り方にも、Maxたちがクリエイティブを通じて自然してきた経験が結晶となって表現されているように思えた。今回は、彼らが手掛けているコーヒーと、Parkletをはじめとした場所の魅力を紐解くべく、Overview Coffeeの日本代表増田氏と、Parkletのクリエイティブディレクションを手掛けたMaxに話を聞いた。

栽培方法に着目し、土壌の再生を目指すロースター
――まずはOverview Coffeeについてお話を伺っていきます。コーヒー豆の農法を見直すことで環境負荷の軽減に貢献する。このコンセプトについて、詳しく聞かせてください。
Kay:Overview Coffeeは、アウトドアブランドPatagoniaのインターナショナルアンバサダーを務めるプロスノーボーダーのAlex Yoderが立ち上げたコーヒーロースターです。彼は仕事を通じて世界の色々な場所を旅するなかで、「雪が少ない」「雪崩が多い」といった自然環境の変化を目の当たりにし、環境問題に対して問題意識を強く抱くようになったと言います。
そこで「自然環境に対してポジティブなインパクトを残したい」と始めたのが、Overview Coffeeです。コーヒーの事業を選んだ理由は、コーヒーという飲料が持つ影響力の大きさからです。コーヒーは水の次に多く飲まれている飲料と言われています。それだけ大きな影響力を持つコーヒーが、慣行農法ではなくリジェネラティブ·オーガニック農法に変わっていったら、知らず知らずに飲んでいる一杯ずつのコーヒーでも、環境に対して大きなインパクトを持ちうると考えたんです。

――リジェネラティブ·オーガニック農法とは?
Kay:リジェネラティブ・オーガニック農法(環境再生型有機農法)は、土壌の有機物を増やすことで二酸化炭素を貯留し、気候変動を抑制する効果をもたらすと考えられている農法です。有機肥料や堆肥の活用など、古くから実践されてきた技術がベースとなっています。
有機農法は、慣行農法が化学物質やGMO(遺伝子組み換え生物)を使用するのに対し、化学的に合成された肥料・農薬を使用せず、遺伝子組み換え技術を利用しないことを基本としています。私たちは、こうした実践の上でさらに、農法を通じて自然の生態系を支え、土壌の健康を増進し、空気中の二酸化炭素を地面に留めていくことも必要だと考えています。それを実現するのが、リジェネラティブ・オーガニック農法です。
リジェネラティブ·オーガニック農法は、土壌を健康な状態へ導くのと同時に、動物福祉や労働者の公平性も重視しています。コーヒーの提供を通じてこれを浸透させていくことが僕らの役割だと思っています。
――Overview Coffee Japanはどんな経緯で始まったのですか? 本国のOverview Coffeeと異なる点は?
Kay:僕たちとAlex Yoderは兼ねてより付き合いがあって、彼がOverview Coffeeを始めたとき、そのコンセプトに共感して僕らもいつか日本でやりたい、と考えていました。瀬戸田にSoil Setodaがつくられることになった際、瀬戸田の町にコーヒーロースターがあるといいよねという話になり、Overview Coffeeの日本での展開が具体的になりました。そこから準備をして、2021年春にロースターを始めました。
基本的には本国と同じことをやっています。コーヒー豆を厳選した生産者から受け取り、焙煎する。本国から焙煎後のコーヒー豆をここへ送ってもらうという方法もあり得ますが、僕らは地球環境へポジティブなインパクトを与えることをミッションの根底に掲げていますから、現地から送ってもらってここで焙煎したものをここから日本全国へ発信することが、少しでもカーボンフットプリントの削減につながるのではないかと考えました。豆は、本国と同じものに加え、エチオピアから2種類を僕たちが手配しています。
焙煎はローリング社の15kgの焙煎機を使っています。その理由は、他の焙煎機と比べ75%のガス削減ができるためです。


――焙煎にあたって心掛けていることや、目指している仕上がりについて教えてください。
Kay:「日常に寄り添うコーヒー」でありたいということは常に考えています。一杯のコーヒーが未来を変えるものであるかもしれないし、たった一杯であってもそれが飲む人とコーヒーとの関係性に貢献しうる。だからこそ、飲みやすさを重視して、重くなりすぎない、体に合う味になるよう心がけています。具体的には、ライトミディアムとミディアムローストの中間で、浅くなりすぎないようにしています。
僕らの方で味を調整しすぎず、豆の原産地の良さが出る程度にすることを重視してIます。あまり深くしすぎるとどこのコーヒーを飲んでいるかわからなくなってしまうので調整しています。
美味しさを追求するのはもちろんですが、わかりやすいフレーバーを出すように焙煎するというよりは、昔ながらのコーヒーの「液体の心地よさ」を感じられるように……、例えば食事を邪魔しないとか、生活の一場面に合うようなコーヒーにすることが一つの着地点です。
――Overview Coffee Japanのコーヒーの味は、飲みやすくありながら、コーヒーが農作物であり、自然の産物であることを思い出してくれるように感じていました。その背景には、農法を見直して環境に配慮しながら、その土地土地の産物であることを尊重している姿勢があったのですね。今後はどのような活動を?
Kay:環境に対してというところで言うと、欠点豆がどうしても多く出てきてしまうので、それを活用する方法を試行錯誤しています。陶芸作家に使ってもらったり、Parkletでも使いましたが、土壁に混ぜ込んでみたり。また、今はどうしてもコーヒーの生産地に行くことができないので、ここ瀬戸田の周辺の農家さんがたの元へ行って、農業について勉強させていただいているところです。
――オンラインショップでは、コーヒー豆のサブスクリプション(定期購入)のサービスが始まりましたね。冒頭でお話しされていた環境への影響、という点を考えると、こうしてリジェネラティブ·オーガニック農法で作られたコーヒー豆を定期的に飲んでいくことは、とても意義深い消費行動だと感じます。これからの展開も楽しみにしています!

後編ではTerrain共同代表でクリエイティブディレクターのMax Houtzagerに話を聞いていく。

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