
コーヒーひとつで繋がれる世界を、五島列島から、東京で暮らしていたかもしれない自分へ。【自由なコーヒー。vol.2】
CORAL COFFEE・さんごさん / 館長 大島健太
2019.02.25
自由なコーヒー。
一杯のコーヒーに、無限の可能性を感じる人たちがいます。常識や流行にとらわれず、直感に従いながら、目の前の人やもの、ことに向き合う人たち。ロースター、バリスタ、ときに料理人、ビジネスマン、もしかしたら茶人も。場所や職業を問わず、さまざまな形でコーヒーに関わる彼らは、どのようなことを考え、その道を歩むことになったのでしょう。彼らの営みを通じて、コーヒーが持つ自由な側面を切り取っていきます。
長崎県西方沖に浮かぶ五島列島は、九州最西端に位置し、140あまりの島々が連なる列島だ。今回訪れた福江島は、人口3万人超、鬼岳(おんだけ)をはじめいくつかの観光資源を持つ、五島列島最大の島である。



ここに「さんごさん」という名の小さな図書館ができたのは2016年のことだった。
人生の3冊をゆずってください。と募集をかけて集まった、様々な人の宝物のような3冊が、壁一面にずらりと並ぶ。大学教授、建築家、漫画家、経営者、ときには名が知れた有名人もいる。一冊開いてみると、そこには寄贈者の直筆のメモが挟んであって、この本がその人にどんな影響を与えてくれたのかを教えてくれる。貸し出すわけではなく、この場で読むという、一風変わった図書館だ。


ここで本を読みながらコーヒーを飲みたい、できれば美味しい一杯を、というニーズに応えるように誕生したのがCORAL COFFEE(以下コーラルコーヒー)だ。
福江島では数えるほどしかない、自家焙煎のコーヒーを淹れるのは大島健太さん。さんごさんの開館とほぼ同時に島へ移住し、現在は館長であり、ロースターであり、バリスタでもある。
大島さんに、来館者について聞くと「いろんな人が来ますよ。SNSを見てわざわざ島外から来てくれる人もいれば、近くのバス停から時間を潰しにマンガや小説を読みにくる中高生もいます。誰もこない、なんて日もざらにありますよ」と笑う。
大島さんは、この島に来る前は東京で働いていたという。生まれも育ちも関東近辺。なぜこんな遠くの島まで来たのだろう、という率直な疑問から、インタビューは始まった。


大島さんは、福江島に来てどのくらいになるのですか?
大島
約2年半ですね。
ここに来る前に浜辺に寄りましたが、海は穏やかできれいだし、夏は観光客で一杯とも聞きました。島での生活をずいぶん満喫されているんでしょうね。
大島
確かに、訪れる人は海がきれいとか、釣りが好きとか、食べ物が美味しいとか、あと都会の喧騒がイヤだという方が多いです。
……でも僕、インドア派の出不精なんで、島とか自然とかに憧れを持ったことがないんですよ(笑)。東京で働いていた頃は美術館を巡るのが趣味だったし、10代から原宿で遊んでいたし、都会の暮らしが気に入っていました。
ここに来たのは、発起人の大来優と鳥巣智行に呼ばれたから。それまで五島列島はおろか九州にすら来たことがなかったです。

なぜ大島さんが島に来ることを決断されたのか聞きたいです。どのような経緯だったのでしょうか。
大島
まず、さんごさんが生まれた経緯からお話しすると、もともと発起人の鳥巣は長崎生まれで五島列島の久賀島(ひさがしま)に先祖のルーツがあったようなんです。だから昔から五島に遊びに来ていたようですね。その愛着が高じて、この物件を手に入れたと聞きました。夏のハイシーズンは宿が取れないことも多いから、最初は自分たちの寝床として考えていたみたいです。
そこから構想が膨らんで、自分たちだけが使うより、地域に解放したいよね、本がテーマとか面白いじゃん、図書館にしよう! という流れになりました。そうなると当然、常時管理する人間が必要じゃないですか。でも、発起人のふたりは普段、東京で働いているんですよ。そんなときに僕がちょうど仕事を辞めてぶらぶらしていたんです。絶好のタイミングで(笑)。そして大来から、タダで泊まっていいから館長やらない? と誘われたのが始まりです。

でも大島さんは東京で暮らしていたんですよね? 特段島が好きでもないのに、どうしてOKしたんですか?
大島
もちろん最初は迷いました。返事をするまでに2,3ヶ月はかかったんじゃないかな。当時は34歳。もういい年齢じゃないですか。でもやりたい仕事もないし、語学留学や海外旅行をして貯金も尽きそうだった。それに、離島で暮らす経験なんて、これを逃したら二度とできないなと思って。
大島さんは、昔から勢いで物事を決めるタイプでした?
大島
いや、全然そんなことなかったんです。むしろ数年先を見込んで行動してきた自覚があります。ただ、当時はこのままじゃいけない、という思いがすごく強かったですね。

大島
前職では、美術予備校の講師をしていました。学生時代にバイトしていた期間も含めると、10年ぐらい続けたんですかね。仕事は好きでしたが、教え子たちがどんどん有名なデザイナーやアーティストになっていくのを横目に、このままでいいのか、という葛藤がどんどん膨らんでいきました。
その思いが限界になって辞めたので、当時は変わりたいという思いが強かったですね。島へのオファーは僕にとって非現実的でしたが、だからこそ、人生が変わるんじゃないかという期待があったんです。そうして、結局移住するまで一度も下見することなく、googleで調べた情報だけで来ました。まあ、最後は勢いですね(笑)。
ただ、来てみると、意外に普通に生活できるので拍子抜けしました。さんごさんがある富江には、歩いていける距離にお肉屋さんやお魚屋さん、お花屋さんに薬局やケーキ屋さんまであって、生活するには困らないだけのお店が揃っています。僕みたいなよくわからない人間が来ても島の人は優しく接してくれるし、ずいぶん暮らしやすい場所ですよ。

図書館でコーヒーを出すというのは、最初から決まっていたんですか?
大島
さんごさんは、元々2回工事する予定だったんですが、その2回目のタイミングでコーヒースタンドを作る案が出てきました。あったらいいな、って感じたんですけど、僕はコーヒーのことをまったく知らないし、お金もない。最初は及び腰でしたね。
コーヒースタンドをやるとしたら、場所はともかく設備は自分で揃えないといけない。滞在期限の契約なんてなかったので、いっそのこと工事のタイミングで東京に帰って終わりにする、という選択肢もありました。でも、まだここで何かできる気がしていたし、当時は近くに美味しいコーヒーを飲める場所がなかったんです。あと、黒崎輝男さんの存在も自分の中では大きかったですね。

IDEEを創業された黒崎さんですか?
大島
はい。もともと五島列島に興味を持っていたようで、さんごさんが出来たばかりのときに遊びに来てくれたことがあったんです。本も寄贈してくれました。そのとき彼に、コーヒー屋があったら面白いと思うんですよ、って何気なくこぼしたんです。まだ僕が迷っていたタイミングでした。
すると、そのあと黒崎さんからメールがきて「CORAL COFFEE やりましょう」って。まだ何も決まってなかったし、名前すらなかったのに!(笑)
これも何かの縁だと思いました。せっかくなのでその名前をいただいてオープンさせたのが2017年の8月です。

じゃあ、名付け親は黒崎さんだったんですね。
大島
そうですね、僕はそう思っています。この話には続きがあって、開店したことを黒崎さんに伝えると「来月、Tokyo Coffee Festivalに出展しませんか?」と連絡が来ました。その時点で準備までに2ヶ月を切っていたし、手持ちの焙煎機は申し訳ないほど小さいし、僕のコーヒーレベルなんて素人に毛が生えた程度です。無理かと思いましたが……断れないじゃないですか(笑)。
いろんな人に助けてもらって、僕の地元にある相模大野にあるてらす珈琲さんには焙煎機までお借りして、なんとかやりきりました。本当に大変でしたが、あのときに生まれたコーヒーの繋がりは今もちゃんと続いています。

すごい動きですね。大島さんは、どうやってコーヒーを学んだんですか?
大島
僕が予備校で教えてた生徒に、バリスタをやっている子がいたんです。まずは彼のお店の豆を買うところからはじめました。抽出キットを買って自己流で淹れてみて。最初は何が美味しいのか、さっぱりわかりませんでしたね(苦笑)。袋にピーチとかオレンジの香りと書かれているけど、全然そんな味しないじゃんとか。浅煎りの何がいいの? みたいなレベルです。
それから小さな焙煎機を買って、好きな味を手探りで探して、Tokyo Coffee Festival に出て、やっぱり大きな機械がいると思って少し頑張った焙煎機を最近取り寄せて。ロールプレイングゲームのように、1つずつアイテムを揃えて成長している感じがすごくあります。

大島
ただ、正直なところ、辛いことの方が多いです(笑)。売上は簡単には上がらないし、どれだけ試行錯誤しても焙煎には終わりがない。大変な世界に足を踏み入れてしまったな、と毎日思います。でも、良かったことも確かにあって。そのひとつはコーヒーに関わる人たちのこと。
開店前、僕がお店の運営やイベントのことを相談すると、みんな親身になって教えてくれたんです。普通、他人にノウハウなんて教えたくないじゃないですか。でも本当に丁寧にアドバイスしてくれる。東京のライトアップコーヒーさん、The Localさん、名古屋のトランクコーヒーさん、先ほどのてらす珈琲さんとか。初めてお会いした人ばかりだったし僕は素人同然なのに、コーヒーひとつで繋がれる世界があるんだって、ここに来て知りました。

初めての島に住み、初めてのコーヒーを学び、生活をしていくのは想像するだけでも大変です。大島さんは、どうしてそんなに頑張れるんですか?
大島
それほど気負っているわけじゃないです。ここでやれるだけのことはやりたいなと。……ただ、なんていうのかな、ここでの暮らしは自分のために必要なことなんだと思います。
僕がさんごさんに寄贈した人生の3冊で選んだ中に「神話の力」という本があります。そこにこんな一文があるんです。
「雑魚をあさりながら、実はクジラの背の上に乗っている」
これは、目の前に小魚のようなちいさな問題はたくさんあるけれど本当に大きいテーマは自分自身なんだ、それと向き合わないといけない、ということを言っています。
僕はこれを20歳ぐらいで読んで、ずっと頭の片隅に引っかかっていたんです。自分らしく生きるってなんだろう、って。この言葉があったから、僕は仕事を辞めたのかもしれません。

今は、自分らしく生きていますか?
大島
らしいかどうかはわからないですけど、必死にサバイブしているのは確かですね。もう東京で働いているときのモヤモヤは感じていません。
ただ、ときどき東京の暮らしを選んだもう一人の自分のことを想像します。僕は島に来るときにそれまでの暮らしを捨てたわけですが、もちろん、選んだ可能性も十分にありました。そのもう一人の自分を振り向かせてやりたいな、という思いはあります。

大島
東京で働いているときの僕は、わざわざ地方に移住して頑張るみたいな生き方にまったく興味がなかったんです。もしかしたら馬鹿にすらしていたかもしれません。でも、実際にやり始めると、面白い人がたくさんいるし新しいコーヒーの世界も広がっていました。この価値観を、いまも東京で働いている架空の自分に届けてやりたい。
それって、僕の中ではアートプロジェクトに近いんです。お金のことはいったん忘れて、コーヒーとさんごさんという場所を使って、どれだけ面白いことをやれるか、どうやって人と人を繋げて未来につないでいけるか。
東京の大島さんは、振り向いてくれるでしょうか?
大島
どうでしょうか。まだ難しいんじゃないですか(笑)。ただ、昔の僕みたいな暮らしをしている東京の友人が、僕の活動を見て五島列島に来てくれて、ここで暮らすのもいいねって言う人もいるので、何かしらは届いているかもしれないですね。


取材中、何人かの観光客らしい方が来館し、本を眺め、コーヒーを注文した。福江島に来たらさんごさんに来ようと以前から計画していたらしい。さんごさんが生まれて2年と半年。すでに島では知られたスポットになっている。
大島さんは「この島に来て、コーヒーを淹れ出して、人との繋がりがめちゃくちゃ広がりました。講師だったころでは考えられないような有名な方や、まったく畑違いな人とも島なら飛び越えて会えるんですよ。コーヒーって、本当にオープンなものだと感じます」と楽しそうに話をしてくれた。
東京の大島さんがいつ振り向くのかは分からない。でも、さんごさんとコーラルコーヒーの大島さんは、もう過去の彼よりもずっとずっと多くの人を楽しませているのは間違いない。
Photography: Tomohiro Mazawa
さんごさん・コーラルコーヒー
http://sangosan.net/

加藤信吾
Kato Shingo
ORIGAMIのブランド設計に外部パートナーとして携わるなかで、様々なバリスタと出会い、各地のスペシャルティコーヒーに感動し、気がつけば一日2杯のコーヒーが欠かせない日々を送る。
twitter:@katoshingo_
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