自由なコーヒー。
一杯のコーヒーに、無限の可能性を感じる人たちがいます。常識や流行にとらわれず、直感に従いながら、目の前の人やもの、ことに向き合う人たち。ロースター、バリスタ、ときに料理人、ビジネスマン、もしかしたら茶人も。場所や職業を問わず、さまざまな形でコーヒーに関わる彼らは、どのようなことを考え、その道を歩むことになったのでしょう。彼らの営みを通じて、コーヒーが持つ自由な側面を切り取っていきます。
今回のゲスト、加藤ソフィーさんは、フランス生まれ、白馬育ちの27歳。白馬に暮らし、地域のマーケットに携わりながら、「自然派喫茶Sol」を経営している。著者の私は4年前に長野で出会って以来、自ら畑を耕し店を開業していく様子を、同世代の友人としてずっと応援していた。彼女が純粋に食や暮らしのあり方を探求していく姿は、自然体で見ているこちらまで楽しませてくれる。SNSの投稿をきっかけに連絡してみると、彼女の店でもORIGAMIのカップとソーサーを使っているとわかった。それならばとwith BARISTAの取材を打診した。
近況を聞いていくと、若干二十代にしてこの春行われる村議会議員選挙に出馬するという。物腰が柔らかく、悠々とした印象の彼女がカフェを立ち上げた時は驚いたが、政治の道を進むと聞いて、その志がいかに大きいものだったのかを知った。どんな話が聞けるだろうかと胸を高鳴らせながら、白馬へ車を走らせた。

ソフィーさんは白馬で育ったのち、京都の高校に進学後、ファッションを志して上京。専門学校で学び、PR会社で働いたのち、英語を学ぶ必要性を感じてオーストラリアへ語学留学をする。インタビューでも詳しく触れるが、オーストラリアでの生活をきっかけに農や食への関心が芽生えた彼女は、ニュージランドやフランスの地を踏んだのち、白馬へ帰郷。戻って6シーズン目の冬を越した。

冬はスキー場などで働きながら、白馬周辺で農業の経験を積んだソフィーさん。やがて自身も白馬で畑を始め、地域の野菜や果物などを生産者と消費者が直接売買するオーガニックマーケットの運営にも参加する。マーケットを通じて生産者とコミュニケーションを重ねた末、自然派喫茶Solを開業するに至った。今回の出馬は、自身の営みの先に、白馬への思いが膨らんだ末の決意だった。
ソフィーさんの自然派喫茶Solを通じた思いや、未来の展望について、話を聞いた。

文化の多様性に触れて。 異国の自然のなかで蘇った、故郷の景色
––渡豪、そしてニュージーランドで過ごした時間は、ソフィーさんに大きな影響を与えたようですね。
ソフィー:国籍もバックグランドも違ういろんな人たちがいてすごく楽しかったです。食文化やカフェカルチャーが印象的で、そこへ集まる世界中の人たちと関わることができました。ニュージーランドでは、キャンプをしたりと自然の中でリラックスして過ごして。そうしている時、ふと白馬の景色を思い出したんです。
––それで帰郷を?
ソフィー:はい。戻ってからは、のちに自然派喫茶Solをオープンすることになる、五竜スキー場のフロントで働き始めました。私が離れていた10年ほどの間に、白馬にはオーストラリア人が増えて賑やかになっていて。白馬に帰ってきても、いろいろな人がいて居心地が良いな、と感じました。
––白馬には冬を中心に海外からの来訪者が後を絶ちませんよね。最近では移住者も多いと聞きます。
帰国して、自身に変化はありましたか?
ソフィー:様々な社会問題や環境問題に気づくようになりました。それから、海外や白馬で多様な人の考えに触れて、自分にとっての心地よさについて考えるようになりました。

––社会や、地球規模で起きていることに実感を持つようになったのですね。その上で、自分にとっての心地よさが浮かび上がってきた。ある意味、ソフィーさんにとって納得できるあり方、ということなのかもしれませんね。
ソフィー:はい。なかでも、持続的な食のあり方が、それまで触れてこなかった世界だったので惹かれて。食べているものがどこからきているのか、どう作られているのかに興味が湧いて、夏は近隣の農家で働かせてもらっていました。その後、有機農業やバイオダイナミック農法(注釈:思想家、教育家、哲学者であるルドルフ・シュタイナーが提唱した、地球や生物のエネルギー循環に沿った農法)をより学びたくてフランスの農家へも、WWOOFという農業体験の制度を使って行きました。
自分たちの心地よさを体現する場所
––ご自身で、白馬で野菜を育てたりもしていますよね。
ソフィー:WWOOFから戻ってからは、自分で畑をやりたくなって。冬はスキー場で働いて、夏は午前中畑を、午後に仕事に出る、といった生活をしていました。
––自分が暮らす土地で食べるものを作るという、ひとつの循環した食のかたちをいよいよ実践し始めたのですね。自然派喫茶Solを始めたのはどんな経緯からだったのでしょう?
ソフィー:数々の農家さんたちと触れ合っているうちに、地域のなかで資源と経済を回せていることが、一番持続的な状態なんだとわかったんです。サーキュラーエコノミーやパーマカルチャー、ローカリゼーションといった理論も学びながら、ぼんやりと何かしらやろうと考えていました。実際に店を持つという形になったのは、この五竜スキー場の社長が「ここでやったほうがいい」と背中を押してくれたからです。

––フロントで働いてる間に築いた信頼関係があっての展開でしたね。どんな店づくりをしてきましたか?
ソフィー:食を通した持続可能なライフスタイルを提案していくことがコンセプト。人に対して安心安心なのはもちろん、地球環境にも配慮したあり方を日々模索、実践しています。
––例えば、「オーガニック」「ベジタリアン」といったキーワードをもとに飲食を提供していますね。
ソフィー:オーガニックやベジタリアンというとストイックな印象を持つ人も多いと思うんですけど、もう少し明るいイメージでやれたらな、と思っています。無理なく続けられること、が持続可能。人にだけでなく、地球に対しても。そこをセットで実現して行く方法としてこれらを提案しています。野菜はなるべくオーガニックで、近いところから仕入れる。運搬にもエネルギーがかかっていますし、作っている人の顔が見える方が良い。なるべく一時間圏内、もしくは長野県産にこだわっています。

ソフィー:ベジタリアンに関しては、肉とか魚を人間が食べ過ぎている、また、消費量が多すぎる現状から取り入れています。和洋中をはじめとした、料理のジャンルを選ぶときのひとつの選択肢として、ベジタリアンフードがあっても良いと思うんです。週に一回はお肉は食べない、という風に、やりやすい方法を取り入れられるようなやり方を提案していきたいです。
––いま多くの飲食店がプラスチックフリーに取り組んでいますが、マイカップ持ち込みで割引にするのでなく、紙カップ代を追加で課金するというのが印象的でした。
ソフィー:マイカップを持ってくるのは前提ということで、ディスカウントはしたくなかったんです。レジ袋の有料化が始まったのもあって、お客様たちにはスムーズに受け入れてもらえました。


––自然派喫茶Solとソフィーさんにとって、コーヒーとはどのようなものですか。
ソフィー:カフェをやっているとコーヒーはなくてはならない存在と言えるくらい、人々の日常に溶け込んでいるなと感じます。私自身も、日常的にコーヒーを淹れて飲むのは習慣です。日常的に消費する、遠い場所で生産されているものだからこそ、しっかりと栽培された背景を想像しながら丁寧に選択したいと思っているので、豆は直接現地買い付けをされたりと努力を重ねているONIBUS COFFEEさんやCOFFEE COUNTYさんから仕入れています。コーヒーを通して、生産者さんやロースターさんの想いも一緒に楽しんでもらえたらうれしいです。

––ソフィーさんひとりでなく皆さんで作り上げた店なのだと、メニュー構成や、スタッフさんとのやりとりを見ていて感じます。
ソフィー:提供するものは、ここへ来てくれる人たちがいてこそです。スタッフのメンバーたちは意見も出してくれるし色々と気が回って本当に頼もしいです。彼女たちのおかげで安心して出馬に踏み切れました。自然派喫茶Solが、ここを訪れる人たちや、ここで働くみんなにとっての、何かしらのきっかけとなる場所であり続けたら良いなと思っています。
自然界の変化を痛感するなか、村が経済的打撃を受けて
––地域に対してアプローチしていきたいという思いは、以前からあったのでしょうか。
ソフィー:基本的に考えていることは、オーガニックマーケットや自然派喫茶Solを始めた時から変わっていません。白馬に住んでいて、住んでいる足元から変えていくことが、関わっていく人たちも実感を持てるし、消費という目に見えにくいものでなく、地域から自分たちの手で変えていく方法が良いなと考えていました。
––村議会議員選挙への出馬に至った経緯は?
ソフィー:すでに議員として働いている女性に声をかけてもらったんです。最初は無理だと思っていましたが、個人経営なので比較的自由に動ける立場ですし、オーガニックマーケットもやっていて、理想の村のイメージは湧いていたんです。そういう機会があるなら挑戦してみようと。これまで議員をやってきた方々もいるので、難しい面もたくさんなると思いますが、私たちの未来に直接関わってくることなので、前に出てやっていかなくては、という気持ちになったんです。国を変えるのは大変ですが、村であれば人次第だと思うんです。

––具体的には、どんな政策を打ち出していますか?
ソフィー:まず、有機農業の推進。そして有機農家の野菜を村で買い取り、学校や保育園の給食に充てる。そして近隣の自治体と食の流通を回す連携を図っていきたいと考えています。
––白馬村の人々にとって、今回の選挙はどのようなものなのでしょう?
ソフィー:この冬、白馬は新型コロナウイルスの影響で大打撃を受けました。これまで観光業が重んじられてきたため、その反動で参政の意識が高まったと感じます。このままだとウインタースポーツは産業として成り立たなくなっていくので、これから村としてどうしてくのか、皆考えているところだと思います。

ソフィー:また、近年、雪が減ってきているのをまざまざと見せつけられて、白馬の多くの人は地球の気候変動を身近なものとして感じています。
––多様な人々が集まる都市的な一面もありながら、自然の変化もダイレクトに感じる場所なのですね。
ソフィー:観光地ならではの問題もあります。これまで外からのものに頼りすぎていたことに、この一年の変化で気づいた人も多いですが、一方でまだ外から人や資本を誘致したいと思っている人たちもいます。内から湧き出るものが村にとって価値があるということに気づいてもらいたいです。白馬への移住に関しても課題が多そうなので、議員になったらリサーチして取り組んでいきたいです。
––自分たちの村を大切にするという、当たり前だができていなかったことをやっていこうよ、という気概が感じられます。
ソフィー:足の引っ張り合いでなく、提案する政治をしていかなくては、と思っています。若い世代が子供を産んで育てたくなるような村にしたいです。私もいま27歳で、任期は4年ありますが、議員になることを理由に妊娠出産を諦めるようなことはしたくないと思っています。未来のことはわかりませんが、もしそういう状況になったら、産休を取って他の女性たちにも議員という選択肢へのハードルを下げることができたら良いなと思います。

––もしソフィーさんが産休を取ったら、後から続く人たちの励みになりますね。最後に、今後の展望について教えてください。
ソフィー:議員になってもならなくても、自然派喫茶Solは続けていきます。今はこのスキー場の一角に店がありますが、ここを拠点に、例えばキッチンカーのような方法で、村のみんなの暮らしの動線上に出向いていきたいと考えています。
店はみんなで作り上げるもの。いろいろな人が関わりやすくして、みんなの場所として根付いていけたら良いなと思っています。

このインタビュー後、4月25日に行われた白馬村議会議員選挙にて、加藤ソフィーさんは無事当選した。自然派喫茶Solや彼女自身の活動がどのような動きを見せていくのか、これからも楽しみだ。
実感を持って地域を自分たちの手で作り上げていこうという姿勢には、心動かされるものがあった。どこに暮らしていようとも、日常が病と隣り合わせとなったいま(ウイルスという形でやってきたこの大変化は、自然界からのひとつのメッセージなのかもしれない)、私たちの行動一つひとつがこれからの暮らしに関わるものなのだと痛感させられる。
また、自身の人生設計のなかで数々の活動に取り組むソフィーさんの姿は、ひとりの女性の生き方としても、背中を見せてくれたように思う。
今回の撮影は、栗田萌瑛さんにお願いした。栗田さんはソフィーさんの幼馴染であり、数々の活動を共にする同志でもある。彼女が切り取った白馬の美しい情景を、ぜひInstagramなどで見ていただきたい。
取材を通じて、著者の私自身は白馬という土地にいっそう愛着が深まった。なかなか移動が難しい現状だが、情勢が落ち着いて白馬を訪れる際は、ぜひ自然派喫茶Solにも立ち寄って、彼女たちの営みに触れてみてほしい。
Photograph: Moe Kurita

木村びおら
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