自由なコーヒー。
一杯のコーヒーに、無限の可能性を感じる人たちがいます。常識や流行にとらわれず、直感に従いながら、目の前の人やもの、ことに向き合う人たち。ロースター、バリスタ、ときに料理人、ビジネスマン、もしかしたら茶人も。場所や職業を問わず、さまざまな形でコーヒーに関わる彼らは、どのようなことを考え、その道を歩むことになったのでしょう。彼らの営みを通じて、コーヒーが持つ自由な側面を切り取っていきます。
(冒頭写真)右:村山圭さん、左:山際悠輔さん。二人のエプロンも、コーヒーで染めたものだ
職業や肩書きにとらわれず、あらゆる角度からコーヒーに向き合う人々を取材する「自由なコーヒー」。今回は、コーヒーを「素材」という観点から研究を始めた二人組の物語を紹介する。
村山圭さんは、美術館やイベントスペースの空間設計・デザインディレクションを長年手がけている。山際悠輔さんは浜松での展示で村山さんと繋がり、当時学生だったが卒業し、上京。自身も空間の仕事をしながら、村山さんともいくつかの案件を共にしている。

そんな二人が始めた研究は、コーヒーという染料が持つ可能性にはどんなものがあるか? どんな未来を描くことができるか? というもの。
2019年10月にデモンストレーションが行われた東京は谷中・HAGISOにて話を聞いた。HAGISOではさらなる研究の成果を、11月14日〜17日のあいだ、札幌の喫茶珈琲店「森彦」のポップアップイベント『カフェ 森彦の時間』にて披露する。

エイジングの風合いを、コーヒーで。
この研究の出発点は、どんなところだったのでしょうか。
村山
珈琲店「森彦」の世界観を、東京で再現できないか。そんな依頼がきたのが始まりでした。「森彦」は、札幌・円山の小さな木造民家を改修してできた珈琲店です。

村山
「森彦」のガラス窓や扉は古くより使われてきたもので空間ができていて、家具もアンティークを中心としたもの。それをそのまま別の空間で再現するというのは実物を持ってこない限り難しい。そこで考えたのが、「素材をつくりだす」ということでした。コーヒーを染料として使う道を研究して、これを空間づくりの主となるエイジングの風合いなどに生かそうというものです。
場所に関しては、古くからの味わいがあるということで、真っ先に谷中のHAGISOにしようと決めました。HAGISOは、昔ながらの民家を改修してカフェ、ギャラリー、宿を営んでいます。


そうしてコーヒーの染めの研究が始まったのですね。このテーマを定めたのはなぜですか?
村山
呉服屋を営む友人から、大島紬の泥染について教えてもらったことが大きいです。泥染って、とても素晴らしい技術が積み重ねられているんですよね。コーヒー染めも、自然素材の色素を使って染めるという点では大島紬と同じ草木染めになるのですが、まだまだ体系化されていないのではないかと可能性を感じました。そこで、泥染の技法から多くを勉強させてもらいました。


コーヒーの「染め」は、今回の「森彦」の再現においては、どんなところに活用されているんでしょうか。
村山
研究においてまずは布を使って、条件をずらしながらどんな染めが生み出されているか検証するところから始めました。そして紙の染め、木材の染め。いずれも空間づくりの際に使っていますが、特に建築的で特徴あるのは木材を染めていくことかなと思っています。コーヒーの色素を使うことで、エイジング加工ができ、古くより愛された風合いを作り出すことができるなと。
実際に実験を重ねていくとわかることがたくさんあって。例えば、こうして紐を染めると表面は染まるんですが、糸が密集していることで中までは染まっていないんですよね。でも仕上がりは美しい。これも、今後何かしらに活かしていきたいなと考えているところです。



染まりにくい、しかし独特の風合いを出せる素材。
コーヒーは、草木染めのなかでいうと使いやすい染料なんでしょうか?
山際
実は、これが染まりにくい素材なんです。コーヒーって黒い色をしていますが、これってコーヒーそのものの色なのではなくて、焙煎する際に炒って焦げたから色がついているんですよね。
どちらかというと色が出にくい素材なので、使う際も、コーヒーミルの一番目の細かい設定で引いて、さらにもう一度引き、細かいパウダー状にしたものを使います。要は、豆が水に触れる面積がより多い方が色素が出やすい、ということなんです。

なるほど。この展示にあるように、色の出具合を条件別に検証して並べていますが、着物の生地を染めるように、色を定着させるような過程も研究しているのでしょうか。
山際
はい。草木染めでは「媒染」と呼ぶ、色を定着させていく工程も検証しました。要は、化学反応を使って染料を繊維にくっつけていくというものです。媒染の前には下染めを行い、たんぱく質を染み込ませますが、この配合がなかなか難しくて、調整するのにとても手こずりました。
「媒染」はミョウバンを使う方法や鉄を使う方法が主流で、実際にコーヒー染めでもやってみました。ミョウバンでは色の出方が明るく、鉄だと黒みが増す傾向にありますね。

コーヒーといえど、様々な条件の違いに加えて、染めの技法によっても本当に多くの表情を見せてくれるのですね。
山際
ここまで体系的にコーヒー染めをやっている人はおそらくいないのではないでしょうか。村山とは、さらにスタディを重ねていって、コーヒーの染めをより身近な存在にしていけたら、と話しています。


素材の探求。ゆくゆくは、生活に寄り添えるものを。
これまでも、ひとつの素材を通じた研究を重ねることはあったのでしょうか?
村山
仕事柄、什器の接合部なんかを研究していくようなことはありましたが、染料、のような素材に関してはこれがはじめてです。
結果を急がず、自由にじっくりと研究を重ねているところがとても良いですよね。コーヒーを素材として見たときに、「染め」以外の活用方法も考えていますか?
村山
固めたりしてみたいですけどね。中国茶の茶葉を固めたアートをみたことがあるのですが、コーヒーでもやってみたいです。どうしてもコーヒーだけだと固まらないので、デンプン質か何かを使わないといけないですが…。


コーヒーを淹れた際の残りカスを使ってグッズを染めるようなコーヒー屋さんもいますよね。あんな使い方も考えられますか?
村山
廃棄物を活用していけたら良いですよね。ただ先ほど山際も話したように、コーヒーはただでさえ色素が出にくい染料なので、活用していくとしたらもっとスタディを重ねて適した方法を編み出していかないとな、とは思います。
そうした生活の中にあったら良いものも作っていきたいですね。今考えているのは、例えば子どものクレヨン。一般的にコーヒーは「茶色」と表現されますが、こうして染めを追求していくとあらゆるバリエーションの色が生まれることがわかります。「コーヒーの色」といえどどれだけの茶色、もしかしたら茶色と呼べないものもあるかもしれませんが、色や色の表現できるものの多様性に気づかせてくれるような、そんなきっかけを作ったりしていけたらと考えています。

面白いですね。コーヒー関係者とも環境活動家とも違う視点とアイディアが新鮮です。今後は、どんな展開をしていく予定ですか?
村山
11/14からのポップアップイベント「カフェ 森彦の時間」の展示を担当させていただきますが、とにかくこの研究においてはひたすら実験と検証を重ねていくことかなと思っています。そして、コーヒーの染めについて、しっかりと体系化し、様々な道で使えるようにしていけたらと。あまり先を急がず、じっくり丁寧にやっていけたらと思っています。
これからのプレゼンテーションも楽しみにしています。本日はありがとうございました!

コーヒーをただの飲み物ではなく、「素材」と捉え独自のアプローチを重ねる村山さんと、山際さん。「自由なコーヒー」ではコーヒーを起点にさまざまな視点や考え、ときには文化を生み出す人々に出会ってきましたが、また新しい向き合い方を知る機会となった。
今週始めるHAGISOでの催し、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか?
Photography:Tomohiro Mazawa
Interview&Text:Viola Kimura
カフェ 森彦の時間
<営業時間>
11/14[木] 14:30~19:00(L.O.18:30)
11/15[金] 12:00~21:00(L.O.20:30)
11/16[土] 12:00~21:00(L.O.20:30)
11/17[日] 12:00~18:00(L.O.17:30)
詳細:http://hagiso.jp/cafe/morihico/
村山圭さん(Instagram) https://www.instagram.com/keimrym/
山際悠輔さん(Instagram) https://www.instagram.com/yusukeyamagiwa/


木村びおら
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