かしこまらずに立ち寄れる、日常の場所。誰もが「おいしい」と思える味を求めて。

かしこまらずに立ち寄れる、日常の場所。誰もが「おいしい」と思える味を求めて。

SWITCH COFFEE TOKYO/オーナー・焙煎士 大西正紘

2020.09.01

目黒駅から歩いて10分ほど。閑静な住宅街のなかに、鮮やかなブルーの壁が目立つ。店内を覗いてみると目に入るのが、大型の焙煎機。「SWITCH COFFEE TOKYO」は、自家焙煎豆とコーヒーを販売するお店。地元の人々がふらりと立ち寄るほか、その味を聞きつけて海外から訪れる人も少なくない。曜日や時間帯に関係なく、年齢も性別も問わず、かわるがわる人がやってきては、コーヒーを片手に軽く会話を交わしていく。その様子から、「街のコーヒー屋さん」として愛されていることがうかがえる。

みずから焙煎からコーヒーの提供までを担うのは、オーナー兼焙煎士の大西さん。お店をオープンするに至った経緯や、ここまで街の人に愛されるようになった理由はいったいどんなものなのでしょうか。お話を聞きました。

大西さんは、慶應大学在学中にコーヒーの世界に入られたそうですね。

大学生のとき、「マキネスティコーヒー」というカフェでアルバイトをしていたんです。当時──2007年ごろは、自分たちで焙煎をして、エスプレッソマシンを持っていて、きれいなラテアートをする……っていうお店は、まだほとんどなかったんですよ。そのひとつが、僕の働いていたお店でした。

たまたま学校の近くにあったからという理由で入ったのですが、いざ働いてみたら楽しくて。なおかつ、これは得意かもしれない、と思えたんですよね。当時は「そろそろちゃんと就活しなきゃ」と思っていたけれど、サラリーマンとして働く自分がいまいちイメージできていなかった。そんなタイミングで、好きと得意が合わさったコーヒーに出会えて、これを仕事にできたらいいな、と思いました。

それで、ひとまず親に納得してもらおうということで。まずはラテアートを頑張って、大会で無事に結果を出して……コーヒーで食べていこうという気持ちで、大学を卒業したという感じです。

その後、2010年にはメルボルンに渡ったのだとか。

24歳のとき、1年間メルボルンにいました。大学在学中から3年ほど、SCAJ(一般社団法人 日本スペシャルティコーヒー協会)の展示会で、コーヒーを振る舞うブースの手伝いをしていたことがあって。そこでトシさん(メルボルンで活躍するバリスタ・ロースターの石渡俊行さん)に出会い、「いい経験になるだろうからメルボルンに来てみたら?」と言ってもらったのがきっかけです。そのころ僕は「コーヒーを仕事にするってどういうことだろう」とずっと考えていて、ちょっと迷っていた時期でもあったから、まずは経験を積んでスキルを磨こうと思ったわけです。

石渡俊行さんは、メルボルンでもっとも有名な日本人バリスタ・ロースター。
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「コーヒーを仕事にする」と一口に言っても、さまざまな形がありますからね。メルボルンでの経験を通して、大西さんにとっての“仕事”のヒントは見つかりましたか?

仕事にするって何かというと、コーヒーできちんと生活していくということ。継続的にコーヒーで収入を得て暮らしていく、ということですよね。メルボルンのお店では、1日に300杯以上のコーヒーが出ます。当たり前のようにコーヒーが飲まれている文化を目の当たりにすればするほど、ビジネス的にも、体力的にも、仕事としてやっていくのは大変なことだなという実感もありました。だからこそ、飲み物を売る以外の仕組みも含めて、コーヒーを仕事にしていく可能性を模索していかなければ、という考えに至ったんです。それで、コーヒーそのものの知識をもっと深められたらと、2011年から2年間、福岡の「ハニー珈琲」で勉強しました。

その後、2013年にSWITCH COFFEE TOKYOのオープンに至ったのはどんな経緯だったのでしょうか?

当時の日本はサードウェーブという言葉が聞こえ始めたくらいで、一般消費者層におけるスペシャルティコーヒーの認知度も今ほど高くありませんでした。そのなかでやっていくには、市場を拡げるという意味でも、あまりコーヒーに詳しくない人にも気楽に豆を買ってもらえるような店があれば、と思ったんですよね。

先に「豆を売ろう」ということが決まっていたので、次に考えたのが「どこなら買ってくれる人がいるか」ということ。コーヒー屋さん巡りをしてもらおうとは思っていなかったし、そこで暮らしている人たちが日常的に買いに来てくれるような、身近な“街のコーヒー屋さん”にできればと考えました。学生時代に遊びに来ていたり、馴染みがあった街ということも後押しになって、渋谷近郊の住宅街でやっていけたら、と。それで目黒の住宅街にお店を開きました。

いまでは、代々木八幡と、日本橋にも店舗を増やされていますね。

ここ(目黒)は駅から少し遠いし、わざわざ来ましたっていう人の期待に100パーセント応えるほどの能力はないんですよ。焙煎だったり、いろいろな業務を最低限の人数でやっているから、忙しいとあまりお客さんとのおしゃべりができないこともあって。そこで、どこかでSWITCH COFFEEのことを知ってわざわざ来てくれる人たちをきちんと迎えられるような場所も必要かもしれない、ということでお店を増やしました。ある意味役割分担ですよね。

代々木八幡は便利なところで、人通りも多い。その街で暮らす人も、働く人も、遠くから訪れてくる人もいる街です。そういう場所で、うちのコーヒーを味わってもらう場所として。日本橋は空港からもアクセスがいいし、お店は新しいホテルの中にあるから、海外だったり遠くから訪れてくれた人たちにも来てもらいやすい。そういう、SWITCH COFFEEの玄関口のような存在にもなればいいな、と思っています。

目黒のお店では、大西さんみずからお店に立って、焙煎もされているんですよね。

本当は自分で焙煎までやるとは思っていなかったんですけど……(笑)。僕にも目指したい味があって、自分でコントロールしたいことも多いから、結局やらざるを得なくて。でもやってみたら、意外と向いていたという感じですね。

目指したい味とは、いったいどんな味なのでしょうか。

僕は、「うちはこういう味わいです」ってアピールするのがあんまり好きじゃないんですけど……強いていうなら「普通においしい」ですかね。

メルボルンでカフェラテを飲むと、これはみんな好きだろうなっていう味なんです。向こうでは本当に日常的にコーヒーが飲まれているからこそ、ツウな飲み物っていうわけではなくて、飲んだら普通においしい。そういう、難しいことを考えなくても誰もが純粋に「おいしい」と思えるお店が日本にもあったらいいなと思っています。

たしかに、大西さんに淹れていただいたコーヒーもカフェラテも、すっきりと飲めるというか。苦すぎずスッと入ってきて、だけどちゃんと豊かな香りや深い味わいを感じられる。毎日、力を抜いて飲めるような、飽きのこない味だと感じました。

日本食って外国人にわかりにくかったりするものもあるけれど、寿司とか天ぷら、ラーメンはみんな好き。ビールやワインもそうですよね。どこの国の人でもおいしいと思える味が存在するから、ミシュランガイドみたいなものも作れるわけなので。そういう、バックグラウンドにかかわらずおいしいと思えるゾーンを狙えたらなと考えています。

近所のおじいちゃんも、ここのコーヒーはまあおいしいねって。びっくりするほどの味じゃなくても、自然においしいと感じられる味だったらいいんですよ。コーヒーなんかよくわからないっていう人も含め、いろんな人のストライクゾーンに収まっている味──最大公約数的なおいしさを出せたら、とは考えています。現状、地元の人を中心に、ちらほら外国の人も来てくれていて、ちゃんとみんなが「おいしい」と言ってくれているので、表現できてはいるのかなと思います。

そのおいしさを出すためのコツなどはあるのでしょうか。

余計なことをしない、ということですね。

豆の挽き方とか、そういう細かいテクニカルなことというよりも……大切なのは、自分のなかできちんと目指す味を設定すること。先にゴールが決まっていれば、そこに向かってまっすぐ行くだけですから。でも、最初にゴール地点を設定することがいちばん難しい。

最大公約数的な味を決めるためには、自分の味覚体験を広げるっていうのがすごく大事。食事でも飲み物でも、世界中でみんなにおいしいと感じられているものを、手の届く範囲で試しています。コーヒーが根付いているイタリアや北米、北欧などの街に行って、コーヒーも飲むけれど、それ以外のおいしいものを食べまくるっていうのが好きです。仕事のうちです! とか言ってね(笑)。

今後も、街のコーヒー屋さんとしてどんなお店でありたいですか?

日本では、コーヒー屋さんは有名にならないと続かない、っていう風潮が少なからずありますよね。でも、それはおかしいと思うんです。ちゃんとおいしいコーヒーが作れて、真面目で感じがよければできる商売であってほしいという願いも込めて、僕は街のコーヒー屋さんでいたいと思っています。

決して肩肘張らずに、気軽に行けるお店。寝巻きできてもぜんぜん構いませんよっていうようなお店でいいと思うんですよね。「一番近いから」という理由で選んでもらえたらいい。そういう、日常のひとつになれるようなお店が増えていけば、日本のコーヒーの文化も、さらに良いものになっていくんじゃないかと思います。

「肩肘張らずに気軽に立ち寄れるお店でありたい」という言葉のとおり、大西さんご自身のお人柄もどこかさらりとよどみなくて、力を抜かせてくれるような雰囲気でした。コーヒーにこだわることは、大西さんにとって当たり前のこと。だからこそ、それをひけらかすことなく淡々と「おいしさ」を探求する姿が、自然と街に溶け込み、多くの人に愛されるひとつの理由なのだと感じます。

毎日飲んでも飽きない、誰もが「おいしい」と思える味。東京にある3つのお店のどこかに立ち寄って、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。

Photography:Tomohiro Mazawa

SWITCH COFFEE TOKYO
http://www.switchcoffeetokyo.com/

笹沼杏佳

Sasanuma Kyoka

ライター/エディター。Webや雑誌、企業Webサイトなどでジャンルを問わず執筆。その人が夢中になっていること、好きなこと、頑張っていることについて聞くインタビューと、質感や触り心地など、感覚的な魅力を言葉にして伝えるのが好き。

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