【自由なコーヒー。】
一杯のコーヒー、もしくは隣の皿の上の料理に寄り添う存在としてのコーヒー、そこから世界へ広がる何かに、焦点を当てた人たち。コーヒーの常識や固定概念、流行にとらわれず、目の前のものやこと、人に対して、直感に従いながら、真摯に向き合う人たち。ロースター、バリスタ、時に料理人や、もしかしたら茶人も。場所を問わず、さまざまな形でコーヒーに関わる人たちがいます。美味しそうなコーヒーをつくる人たちはどんなことを考え、どのように手を動かしているのでしょう。実際にコーヒーを淹れて、片手に味わいながら、それぞれの営みについて、お話を聞いていきます。
軽快で自由で無邪気で正直。彼らを形容するとしたらそんな言葉がぴったりだ。BaccaとChrisが組んで始まった”The Tulip House”。彼らが一体何者なのか、一見わからないという人も多い。デザイナー? なにか、人を楽しませるようなことを仕事にしている人? オリジナルの豆のパッケージが可愛い。ロースター? 答えは全てYESだ。
自分たちで焙煎の技術を磨き、店舗を持たずにサブクリプション(定期購入)先へ豆を卸しながら、自転車をはじめカードや絵本のグラフィックデザイン、コーヒーバーなど、さまざまなプロジェクトを手がけている。
彼らが現れると、つい笑みがこぼれて誰もがリラックスしてしまうから不思議だ。旅と自然を愛する二人は時折日本へもやってきて、TOKYO COFFEE FESTIVALヘ出店したり、POP-UPのコーヒースタンドを開いては、各地に仲間を増やしている。
二人がどんなことを考え、The Tulip Houseの活動を展開しているのか、湿原の真ん中でコーヒーを淹れながら聞かせてもらった。


目的は、コーヒーのその先に。
-二人はいつから一緒に”The Tulip House”を?
Becca:私たちが出会ったのは6年前。すぐに意気投合して、お互い興味のあったコーヒーの活動を始めたわ。
Chris:僕たちはいつも一緒にいたから、そうなったのはとても自然なことだったんだよ。
-”The Tulip House”としていくつかの活動がある中で、なぜコーヒー豆の焙煎を始めることに?
Chris:焙煎は、もともとは趣味みたいなものだったんだ。家のガレージで始めたよ。市に怒られて閉めちゃったけど、ガレージでコーヒーショップもやっていたんだ。
活動しているうちに豆の買いたいという人が増えてきて、サブスクリプション(定期購入)向けの販売をすることに。
Becca:今のところ定期購入者は50くらい。サンフランシスコ、ニューヨーク、カリフォルニア、ポートランド…アメリカのほぼ全土に送っているわ。頻度や量は人によって違うんだけど、だいたい毎週送っている。
-定期購入はどのように募集を?
Bacca:サブスクリプションの一般募集はしていなくて、全て紹介によるお客さん。だから誰かに聞いて、定期購入をしたいんだけど、とメッセージをくれないと定期購入に登録ができないってわけ。
Chris:こうした豆の販売方法は僕たちのビジネスにはぴったりなんだ。決まった量だけローストするから無駄がないし、豆がまずくなったり、捨てたりする必要がないからね。

-卸ろすコーヒー豆は結構な量のはず。他にメンバーは?
Becca:二人きりでやっているの(笑)。
Chris:そう、二人だけでね(笑)。
Becca:だから、あまり長い間ガレージを離れてお休みできないの。
-それでも、度々日本や台湾を訪れる理由は?
Chris:楽しいからだね、間違いなく(笑)。毎回帰るときに、『あー、これもやりたかった』ってやり残したことができる。
日本や台湾でもコーヒーを出す機会もでき始めて、国や距離の壁を超えて、コーヒーの魅力を他の人とシェアできることが楽しくなったんだよ。
Becca:どんな国の誰にせよ、消費者のトレンドじゃなくて、自分たちがやりたいコーヒーを作っている人は素敵だと思うわ。日本でそんな人との繋がりが広がっていくのが楽しいの。


Becca:ただ、コーヒーそのものだけが僕たちがこのビジネスを続けてる理由じゃないって感じてるわ。
-コーヒー豆の焙煎の他に、The Tulip Houseではどんな活動を?
Chris:今は自転車のデザインをしているよ。たとえバカみたいなことでも、楽しめることだったら何でもやりたいと思ってる。
Becca:ポストカードのデザインをやってるわ。絵本も作ってるの。もう長いことこのプロジェクトをやってる。本当は先日のTOKYO COFFEE FESTIVALに間にあわせるつもりだったのよ(笑)。
-The Tulip Houseとしてコーヒーの実店舗は今はないそうだが、ガレージ以外の拠点は?
Chris:自宅のガレージでのコーヒーショップは閉めてしまったけど、ガレージは今でも焙煎に使っているし、何かを発想したり、色んなこと全てがそこで起こっているよ。
今は、レストランの一角でコーヒーバー”ANYBODY”を手がけてる。僕たちが初めてコンサルティングした案件なんだ。

焙煎は、調理。「ゆで卵を作るのと同じさ」
-出会う前は、それぞれ何を?
Becca:私はビジネスとフランス語を学んだのち、The Tulip Houseを始める前まではニューヨークのベーカリーでマネージャーをしてた。
Chris:僕は大学でアートとバイオケミストリー(生化学)を。卒業後もバイオケミストリーの学校へ進学したよ。今でもコーヒーを通して、その領域にいると思っている。コーヒーを食品としても捉えてる。焙煎も抽出も、調理するようにやるんだ。
-焙煎は、誰にも教わらず、独学で?
Chris:そう、自分たちでやりたいようにやってきたよ。豆を今のクオリティにまでするのはとても難しかったね。でも僕のバックグラウンドにあるサイエンスの知識を味方に、いつも分析するようにして、実験を重ねて。美味しく焙煎することは難しいけど、論理的なアプローチをしているよ。
Becca:自分たちで焙煎することで初めて、自分が好きだと思うコーヒーができたのよ。

-焙煎するにあたり、美味しいコーヒーの定義は?
Chris:僕たちは甘くてフルーティーなコーヒーを目指してるんだ。コーヒーはフルーツの種だからね。コーヒーを飲んだ時に、もっとフルーツの、個性の味がするべきだって思ったんだ。
-コーヒーがフルーツだということは、あまり知られていないが?
Becca:そうね。ある時、コーヒーの味も色々あるって気づいたことがあったの。美味しいと思うコーヒーに共通することが果実感だった。なんか違うな、って思うものはいつもフルーツの味がしたのよね。私がやったらどうなるんだろう、もっとフルーツの味を引き出せるかも、って思ったわ。
私たちはこの味が好きだけど、やっぱりお客さんの中には酸っぱいとか、もっとチョコレートやナッツの味がするものが好きっていう人もたくさんいる。でも、それもいいと思うの。みんな好きなものを飲めばいい。

-今でこそ浅煎りやフルーティーなコーヒーが流行っているが、焙煎を始めた当時はどう考えていた?
Chris:昔から浅煎りもフルーティなコーヒーもあったと思うよ。でも浅煎りって難しいと思う。最初に浅煎りを始めたときは、アンダーロースティングだった(浅すぎた)のを覚えてるよ。単純に火入れを短くしたんだけど、外が焼けてるだけで、中まで火が通ってないんだよね。美味しくなかったよ。アプローチが間違っていると気がついてからは、中と外が同じように火が入る方法を探した。
-それがさっき言った「コーヒーは調理」ということ?
Chris:その通り! 僕たちは焙煎を料理と同じように考えてる。ゆで卵を上手に作ろうとするのと一緒さ。



さまざまな人との関係が、僕たちの糧
-豆の焙煎を本格的に始めて4年、今はどんなフェーズ?
Chris:関係を築いていくときかな。コーヒー業界の人だけじゃなくていいんだ。色んなことをしてる人と、色んな関係をね。誰でも良いんだ。さっきレストランの中にコーヒーバーがあるって話したけど、そのバーは “ANYBODY(誰でも)”って名前なんだ。
Becca:誰でも歓迎するの。
Chris:僕たちがローストしてるコーヒーも、誰でも淹れられるってことを意識してローストしてるんだよ。プロフェッショナルだけしか淹れられないのは意味がないと思うんだ。
-コーヒーの未来に思うことは?
Chris:もっと豆が高価に取引されるべきだと思う。コーヒーの価値が、農家や畑へ還元されていくべきだからね。それから、みんなもっと家でコーヒーを飲んだら良いと思うよ。


-これからもコーヒーの活動を続けていく?
Chris:楽しい限り続けていくと思う。もしこれが楽しくなくなったら、僕たちはコーヒーを辞めるよ。今は何でもできる。縛られてないし、自分たちで勝手にやってる、ボスもいないしね。
Becca:そう、明日やりたくなくなったら、明日辞めちゃえるのよ(笑)。


The Tulip Houseの名は家の前の「TULIP通り」からとったそうだが、シンプルで可愛らしく、世界中で愛されているチューリップの花のイメージは彼らにぴったりだ。
「コーヒーを通じてみんなをハッピーにしていけたら嬉しい」と話す二人、楽しむことを第一にした身軽なスタンスが、彼らの自由さのもとになっているようだ。これからも国や文化、人間関係など様々な領域の境を超えて、軽快に旅を続けていくことだろう。
The Tulip House
https://www.thetuliphouse.us/
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https://twitter.com/thetuliphouse/
Photography: Tomohiro Mazawa
Interview&Translation: Ai Hasegawa
Text&Composition: Viola Kimura

木村びおら
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