黒子となり、バリスタを取り巻く社会環境を改善したい

黒子となり、バリスタを取り巻く社会環境を改善したい

UNLIMITED COFFEE ROASTERSディレクター 松原大地

2019.02.15

東京スカイツリーのすぐ麓に店を構えるUNLIMITED COFFEE BAR。その二階はバリスタのトレーニングラボ(BARISTA TRAINING LAB TOKYO)になっているそうですが、実はここが日本で初、そして唯一、国際的なバリスタ資格制度(SCAA BARISTA PATHWAY)を導入し、新たな世界規格の資格制度(SCA COFFEE SKILLS PROGRAM)も導入したトレーニング施設なのだそう。

今回は、UNLIMITED COFFEE ROASTERS代表の松原大地さんに、スクールとお店を立ち上げた経緯や、現在の日本のバリスタ事情、コーヒー業界を見据えた今後の展望についてお話を伺いました。

とうきょうスカイツリー駅より徒歩1分。スカイツリーを望みながらコーヒーやカクテル、フードを楽しめる

はじまりは、コーヒーマシンの営業現場から

終始物腰柔らかく、品ある振る舞いの松原さん

-なぜスクール(BARISTA TRAINING LAB TOKYO)を立ち上げることに?

松原さん:僕は元々コーヒーマシンを売る営業マンでした。営業でしたが、自分でもマシンを使いこなせなくてはいけないということで、コーヒーの淹れ方を勉強し、それでバリスタの大会へも出場するように。すると、取引先の方々にトレーニングを頼まれるようになっていって。

-営業マンだったんですよね?

松原さん:はい(笑)。200~300万円もするコーヒーマシンを購入してくださる皆さんは、高価な買い物をしていますから、それがコーヒーの味に還元されるよう、スタッフトレーニングを依頼してきます。それでコーヒーの淹れ方を教えに伺うんですが、数時間のトレーニングだけでは美味しいコーヒーを淹れられるようにはならないんですよね。かと言って、他にバリスタのトレーニングを受けられるようなところは日本にはほとんどない。それで、もっと日本にコーヒーを学べる場所を増やさなくてはいけない、と思うようになりました。

さらに、バリスタの世界大会に足を運ぶようになって、他の国々に比べ日本のバリスタの社会的地位があまりにも低いことを実感し、バリスタの職業性を上げていきたいと考えるようになりました。

トレーニングラボにはあらゆるシーンに対応できるよう、様々なコーヒーマシンが並ぶ

-淹れ手を取り巻く環境は厳しい状況なんですね。

松原さん:日本ではバリスタを続けるというのはとても難しいことなんです。バリスタと名乗る方の9割以上が非正規雇用で、労働環境が厳しい職業界の中でも給与が低くなってしまっているのが現実です。低賃金のなか、結婚して、子供を産んで…というライフステージに進むことは難しいですよね。それでコーヒーの道を離れる人も多いです。一方で、例えば、オーストラリアではバリスタはスター職業で、しっかりとした賃金がもらえるんですよね。日本でも、バリスタが仕事の選択肢の一つになったら良いなと。

向こうでは開業したいとなったら最寄りのスクールに行って学び、マシーンを購入して物件を決めて開業、というのが当たり前の流れです。例えるならば車の 運転免許のようなものでしょうか。みなさんたくさんあるうちどこかしらの教習所(バリスタになるためのスクール)に通って免許を取って、車(コーヒーマシン)を買いますよね。バリスタの資格もそうあるべきだと思うんです。

また、海外でバリスタの資格を取得するには何十万円もの費用がかかるうえ、言語の壁もあります。日本の多くの方がバリスタの資格を取るためには、費用面でも言語の面でもサポートが必要なんです。

-コーヒーの修行のために、オーストラリアへ渡る日本人も増えていますよね。

松原さん:そうですね。向こうの消費者の方は舌が肥えていて、美味しいコーヒーにお金を支払おうという意識が高いので、経営者もバリスタにはしっかり賃金を支払っていますし、彼らをしっかり育成したり雇用したりしています。アルバイトでも約20ドルから、繁忙期にもなると70ドルと時給が高いんです。日本でもそうした状況を目指したいと思っています。

壁にはトレーニング生やスタッフの受賞履歴が並ぶ

審査員としての経験を、バリスタ育成に還元する

日の差し込む静かなトレーニングラボは、感覚を研ぎ澄ますのにも最適な空間だ

-松原さんは、今では世界大会の審査員としても活躍されていますね。なぜ大会に出場して活躍していたにも関わらず、審査員の道へ進むことにしたのですか?

松原さん:世界大会の審査資格が取れてからは会社に稟議書を書き、勉強のために、ということで出張として審査へ行かせてもらっていました。ですがもっと本格的に活動していきたいということで、2013年に独立し、BARISTA TRAINING LABとUNLIMITED COFFEE ROASTERSを妻と立ち上げます。

バリスタというのは大会で評価を得て活躍することが一つのステータスではあるのですが、バリスタの職業性がまだまだ低い日本においては、自身が出場し続けるよりも、今後のコーヒー業界を担う後輩や同僚を育てていくことの方に意義を感じました。審査で得た知識や技術を色々な人に伝えて、日本のバリスタのレベルを上げ、職業として成り立つようにすることが優先かな、と。それでスクールを始めました。

お店を先に始めていたのではなく、スクールから派生してお店をオープンしたのですね。

松原さん:そうなんです。独立する際に自宅を改装して、トレーニングルームと焙煎室を作ったのが始まりです。そこでスクールもオープンしました。私たちの考えるコーヒー体験を表現できる場として作ったのがUNLIMITED COFFEE BARです。ここに立つのは全てスクールの生徒で、開業時のメンバーは全員正社員として働いています。

鹿のロゴマークはかつてのアウトドア好きの名残。コーヒーを焙煎する際の炎のフォルムにも重ねているのだそう

「コーヒーで稼ぐ体質をつくる」取り組みとしての店舗運営

店に入るとまずバリスタが迎えてくれる。手前半分は昼、奥半分は夜をイメージした内装だ

松原さん:うちのスタッフはみな大会の入賞経験なんてありませんでしたが、僕たちとトレーニングを重ねてハンドドリップのチャンピオン、コーヒーカクテルのチャンピオンになったり、バリスタチャンピオンシップで入賞できるようになったりと、ほぼ全員が大会で結果を残してこれるまでになりました。

-すごいですね。コーヒーカクテルのような、新しい分野のトレーニングはどのように進めるんですか?

松原さん:基本的に僕と妻で味作りからプレゼンテーションまでやっています。

シトラス香りエスプレッソトニック。フルーツのような酸味の豆と相性抜群だ

-大会での皆さんのご経験は、お店にどのように生きているんでしょうか。

松原さん:店舗と大会は別物ではない、というのが僕たちの哲学です。日々の味のチェックや調整など、自分たちが良いと思う味覚をお店で提供することは、それ自体がトレーニングになります。

また、コーヒーの説明や接客といったプレゼンテーションの良さを、お店でトーンダウンさせずに普段から一般のお客様にも体感していただけるようにしています。ですから、オープン当初から、例えばカプチーノはバリスタがテーブルまで足を運び、お客様の目の前でミルクを注いで完成させています。そうすることでミルクのフォームが固まらずに、注ぎたてを提供することができるんですね。そのように、日頃の営業が大会にも生き、大会での経験が店舗での営業にも生きているんです。我々のような個人店規模のバリスタとの距離が近い店であれば、大会に近いようなことができる、ということを発信していけたらと思っています。

-そうしたお店での取り組みは、「バリスタの職業性を上げる」というビジョンにどう繋がっているのでしょうか?

松原さん:まずはコーヒーを適正価格で提供できるようにして、消費者の皆さんに「コーヒーにそれだけ支払う価値がある」と認知していただくことかなと考えています。うちではドリップコーヒーを600円で提供していますが、そこにそれだけの価値を見出してもらえるように。100円でも抽出したてのコーヒーが飲める時代ですが、それより格段に味が美味しいのは当たり前。さらに上質な「コーヒー体験」をしていただけること。いくつかの要素がありますが、例えば接客やホスピタリティの質が高いこと。コーヒーが好きなお客さまであれば、バリスタから豆や器具について色々と説明したりとプレゼンテーションができること。先ほどお話した、なめらかな出来立てのカプチーノを提供しているのもそうした理由からです。具体例を挙げるときりがないですが、いつもスタッフ全員で議論し考えています。

店舗奥のバースペース。

松原さん:店名に「BAR」とつけてコーヒーカクテルを提供しているのも、お客様に面白く、新しい美味しい味覚体験をしていただきたいという思いからです。ここでは大会で活躍しているスタッフによる、世界的にも最先端のコーヒーカクテルを味わうことができます。アルコールを提供することで単価を上がれば、働く人の給与を増やすことにもつながります。

接客やホスピタリティ、コーヒーを美味しいと感じる体験の積み重ねが、お客様一人ひとりにとってのコーヒーの価値を上げていくことになり、それがバリスタの職業性を上げていくことになるのかなと考えています。

“ホスピタリティ”と”バランス感覚”

技術はもちろん、松原さんの謙虚な人柄と真摯な態度がバリスタたちを惹きつけているようだ

-ずばり、松原さんが考える理想のバリスタ像とは?

松原さん:バリスタに必要な要素のひとつは、ホスピタリティだと考えています。私たちはバーやホテルのような、一流のサービスを受けられる場所がとても好きなのですが、コーヒーを飲む際にもそうした他に代え難い経験をしてもらいたいと思うのです。私たちがジャケットを着てお客様を迎えるのも、そのためです。また、これもちょっとしたことなのですが、夜の営業では、必ずすべてのお客様を入り口でお見送りするようにしています。

もうひとつは、バランス感覚。私たちの店には様々なお客様が足を運んできてくれます。ここは観光地なので、コーヒーに興味がある方もいれば、全く興味がなくてただ休憩しに立ち寄るという方も。全ての方にコーヒーについて長々と説明する必要はありませんし、お客さま一人ひとりが求めるサービスを提供できるよう、いろいろな方にとっても心地よいサービスについてスタッフ全員で考えています。

-なるほど。それが体現されたのがこのお店というわけなんですね。
コーヒーの味のトレンドやその移り変わりについてはどう考えていますか?

松原さん:「コーヒーブーム」と言われていますが、僕らとしてはこれがブームに終わらずに、消費者の方がいろいろなコーヒーを選んで楽しめる状態が続いたら良いなと思っています。今、スペシャルティコーヒーというと浅煎りのイメージがありますよね。良質なコーヒーであればフルーティで苦味がほとんど感じないものになりますが、極端に浅煎りすぎるとどうしても酸味だけが際立ってしまいます。良質なコーヒーであれば、浅煎りといったらフルーティーで苦味がないものになりますが、どうしても酸味ばかりが際立ったコーヒーが多い。ここもバランスなんですよね。酸味の良さを活かすには、甘みもなくてはいけません。既存の日本のコーヒーが深煎りの苦いものが多かったので、その反動でとにかく強い酸味が出ていれば差別化できるという傾向があるかもしれません。ですが酸味が強すぎて酸っぱい状態では我々やお客様にとっても心地よい味覚ではないと思うんです。初めてスペシャルティコーヒーを飲んだ方に、コーヒー本来の良さが伝わらないのはとても残念なので、焙煎から抽出までしっかりと甘さを引き出し、酸味と甘みのバランスの取れた状態で美味しく飲んでいただけるように力を入れています。海外でもそうですが、これからは中煎りに落ち着くのではないですかね。コーヒーが、ただのブームではなく、文化として根付いていったら良いなと思います。

-そうするとバリスタの役割はとても大きいですね。今後はどんな展開を?

松原さん:2017年にアメリカとヨーロッパのスペシャルティコーヒー協会が合併して誕生した、新たな世界規格の資格制度(SCA COFFEE SKILLS PROGRAM)のトレーニングもしていきます。バリスタとしてのスキルはもちろん、言語や費用の面でも皆さんの手助けができればと考えています。ここで学んだ皆さんが様々な場所で美味しいコーヒーを淹れて、それでコーヒーをより好きになる人が増えていったら嬉しく思います。

BARISTA TRAINING LAB TOKYOの詳細については、Webページから。

日本のバリスタを取り組む状況と、そこに対する取り組みについてお話を伺いました。松原さんがたの活動やこの記事からの縁が、日本のコーヒー文化を醸成していくことに繋がることを願っています。

バリスタの世界大会の現場から、審査員としての立場で見せてくださる世界、そしてそれがトレーニングラボやお店で体現されていくのがこれからも楽しみですね。お店でのコーヒー体験はまさに「百聞は一見に如かず」。ぜひお店へも足を運んでみてくださいね。

UNLIMITED COFFEE ROASTERS
http://www.unlimitedcoffeeroasters.com/

BARISTA TRAINING LAB TOKYO
http://www.baristatraininglab.com/

木村びおら

Viola Kimura

出版社勤務を経てエディター/ライターに。雑誌や書籍、WEBなどで編集・執筆をするほか、イベント企画やPRなども手がける。現在は医療専門誌の編集の傍ら、教育、福祉、デザイン、ものづくり、食などのコンテンツ制作に携わっている。写真家の夫と2人の子どもと4人暮らし。

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